2006年 監督:ギレルモ・デル・トロ
at ギンレイホール
最近『ライラの冒険』の映画予告をよくCMで見るからそれとこの映画を混同していたんだけど、もう全然違うじゃん。
これを冒険ファンタジーだと思って見に行ったら家族連れの親父は子供に泣いて謝り、カップルの男は彼女(彼女にもよる)に跪いて謝るでしょう。
舞台は1944年のスペイン。スペイン内戦終結後もフランコに反発するゲリラの闘争は続いていた。
少女オフェリアは内戦で父を失っている。
母は「一人じゃ寂しいのよ。大人になったら分かるわ」と再婚。
再婚相手は軍人ヴィダル大尉。
母と娘はヴィダルがいる山奥の駐屯地に向かっていた。
という状況。
冒険ファンタジーが始まるような状況じゃない。
人がぼろぼろ死んでる殺し合いの戦時中だよ。
現実世界が過酷だったら冒険ファンタジーがただの現実逃避になっちゃうし。
と、そこは最後まで見ると悲しいくらいの救いになるのだけど。
ヴィダルのいる駐屯地まで行く道すがら、最初のファンタジー出現。
それはナナフシのような30cmくらいのくそでかい虫!
特大の羽音を立ててこっちに向かってきて、目の前でホバリングした時には鳥肌たった。
次のファンタジーは、ゲリラの疑いをかけた善良な農民をいたぶる義父ヴィダル。
凶器がなんだか暗くてよく見えなかったけど、何かとんがったもので若い農夫の顔をつかんで上から顔面にぐさぐさ振り下ろす。
しつこいくらいにぐさぐさ刺した後に側で震えるじいさん農夫を躊躇いなく射殺。
倒れこんで痙攣していた顔を刺された若い農夫もついでに射殺。
やばいです。
これが新しいパパ。
次のファンタジーは冒頭の巨大ナナフシの妖精変化。
妖精さん。ファンタジー。のはずが・・・
手のひらサイズでかわいいものの体はすっぽんぽんの男で顔は怪物そのもの。グロい。
後になると色違いの妖精さんも出現。全身青とか。グロい。
妖精さんに導かれて、迷宮の番人パンに出会う。
パン=牧羊神。
獣の脚と羊の角を持つ神。かっこいいのかキモいのか怖いのかよくわからない造形。
オフィリアはパンからある事実を告げられる。
さて、自分が魔法の国の王女の生まれ変わりだと知ったらどうする?
魔法の国に帰るために三つの試練をクリアしなければいけないと言われたらどうする?
それは今生きている現実世界の実情による。
こんな世界よりましだわ、と考えたのかどうかは知らないが、オフィリアは大好きなファンタジーの世界に引き込まれて試練を受けることにする。
映画はファンタジーの世界と現実世界が交互に進行する。
残虐非道な義父ヴィダルを中心に現実世界は過酷。
一方ファンタジー世界としてオフィリアが受ける試練はというと、これまた過酷。
つーか何もできない無力な現実世界から抜け出すための手段が現実よりも過酷って・・・
第一の試練のコブシ大のだんご虫とかぬめぬめねばねば世界はまだいいとしても第二の試練のあの怪物は一体何だ?
今までこんなにグロテスクで恐ろしい造形をした怪物を見たことがない。
僕だったらもう見た瞬間近づくこともできずに逃げ出すはず。
ぐはー、妖精さんの首がーー。文字通り”食いちぎられてる”~。
緻密なCGでいろんな怪物が出てくるんだけど、ファンタジーによくあるかわいい造形の生物は一切出てこない。
かわいいどころか皆グロい、怖い、気持ち悪い。
でもオフィーリアはあんまり怖がらないんだよね。
可愛くない妖精や不気味なパンや試練に登場する怪物等々恐れ知らず。
それもこれもオフィーリアの創造が生み出した妖精や怪物だからか。
巨大ナナフシは虫嫌いじゃなければいいのかもしれないけど。
この映画で面白いのはいろいろ視点の変更を示唆する言葉やシーンを挿入するところ。
例えばパンの扱い。
見ている方はパンの言葉になんの疑いも持っていないところで「パンの言葉は信用するな」という言い伝えがぽっと出てくる。
そうなるとパンの不気味な造形といい言動といいなんだか全てが怪しくなってくる。
そもそもパンってそんなにいい神じゃなかったよな。
好色でpanicの語源でもあるし。
信用するなの意味は最後に明かされるんだけど分かるまではどきどき。
最後で面白いのはパンと話をするオフィーリアを第三者がオフィーリアが何もないところに一人で話しかけている姿として捉えるシーンがあること。
今までのファンタジーシーンは全てオフィーリアしか見ていない。
だからパンも妖精も全てオフィーリアにしか見えないようだが、最後の方のこのシーンまでは明確に意識することはない。
それがここにきて明示的に表現されること、目撃した第三者があまりに現実過酷世界の代表(中心)のような人物であり撮り方も状況も冷徹すぎることから、当然のようにわき起こるある疑問にはっとする。
このファンタジー世界は"オフィーリアにしか見えない世界として存在"しているんじゃなくて、"オフィーリアのただの幻想世界"なのではないか、ということ。
ラストのあの展開に持っていく直前に、観客が「ある」と勝手に信じていた世界にもやをかける。というか現実世界にぐっと引き戻すと言ったらいいか。
面白いねぇ。現実ベースで考えるとラストは悲しいけど。
でもラストのファンタジーは少しもグロテスクじゃないから救いだな。パンもちっこく見えて可愛らしいし。