2017年 監督:グザヴィエ・ルグラン
製作国:フランス
at ギンレイホール
「どちらかがウソをついてますね」みたいなサスペンス風を予告編では強調しているけど、予告編見てなんとなく分かる通り、父親が強烈なDV男。
離婚調停でDVの証拠が不十分なのか、共同親権が認められてしまい、11歳のジュリアン(トマ・ジオリア)は隔週の週末に父親アントワーヌ(ドゥニ・メノーシェ)と過ごさなければいけなくなる。
息子に会いたがるくらいだから、息子に対する愛情はある。
だけどもアントワーヌはちょっとした怒りの感情すら抑えることができない。
ちょっと録音でもしておけば接近禁止にできそうだけど。
終始緊張感が漂い、母と子供の恐怖が伝染してくる。
父親の方もなんというか悪意があるわけじゃなくてただ家族と一緒にいたかっただけなんだよね。
社会不適合者というか自制心の効かなさと思いやりの無さで無意識に自ら希望を台無しにする哀れな男。
予告編がよろしくなくて、衝撃の結末とか大傑作とか散々煽るからなんかびっくりするような展開が待っているのかと思ってしまう。
だから、あれっ?終わり?みたいな感じだった。
予告編見ていなかったらサスペンスよりかは家族ドラマ社会ドラマとして多少見ることができたかもしれない。
2019年5月19日日曜日
映画『マチルド、翼を広げ』
2017年 監督:ノエミ・ルボフスキー
製作国:フランス
at ギンレイホール
オープニングで校舎から出てきたマチルド(リュス・ロドリゲス)が歩きながら横を向いた瞬間に映像が静止して文字が浮かぶ。
一瞬で再開してその後もスタッフの文字が出るけど、ところどころスローにしたりなんかして結構好きかもと期待が膨らむ。
で、見終わった感想としては、面白かった気もするが微妙だった気もする。
9歳のマチルドは母親(ノエミ・ルボフスキー)と二人暮らし。
学校では特に友達もいないはみ出し物。
それゆえに担任が母親を呼び出して三者面談をするが、どうも母親の言動がおかしい。
母親は精神が病んでいるらしい。
面談ではマチルドのほうが保護者かのようだ。
という親子の関係性や置かれた状況を冒頭数分であっという間に描ききるのはすごい。
両親は離婚している。
養育能力が欠如した母親と幼い娘を放って置くなんてひどい父親(マチュー・アマルリック)に思えるが、マチルドは父親とはしょっちゅう連絡をとって仲がいい。
離婚の原因は不明で、精神を病んだ妻に耐えられなかったか、もしくは別れたことで妻の精神が病んだのか。
マチルド視点では離婚の原因など知る由もないしどうでもいいのだろう。
大好きな母親と一緒に暮らすことのほうが今現在一番大事で一生懸命だから。
そういう母と娘、母の苦悩や娘の孤独を描いた物語。
それほど大きな展開があるわけでもないので、途中から骸骨のシーン等少しうつらうつらしてしまう。
フクロウが喋るとかいうファンタジーっている?って思ってあまり乗れなかったけど、途中でこれはマチルドの孤独が生んだ架空のお友達と気づいてからは面白くなる。
友達の意見というよりマチルドの本音や心の声が発せられる。
溺死したオフィーリアのイメージがマチルドに重なったり、自分を埋葬してみたりとかは言いたいことはわかるけど、それよりもマチルドと母親とのやりとりをもっと見たかった気もする。
歌のシーンで母親が寄り添ってしまうシーンとか泣ける。
監督脚本で母親役でもあるノエミ・ルボフスキーの実体験をもとにしているらしい。
以下ネタバレ
大好きな母親で自分に惜しみなく愛情をそそいでくれるけど時折母親の考えていることがわからない。
しょっちゅう振り回されてばかりいるけどそれでも一緒にいたい。
池から這い出ることができないような檻に閉じ込められる圧迫感や孤独を感じながらも健気に生きる9歳の少女を誰もが愛するだろう。
だからラストで役者が変わったときにはぁ?ってなる。
だいぶ似た雰囲気の女優さんだったけど、それでも他人じゃん。
ラストのやりとりが秀逸で感動的なだけに「お前誰だよ」っていう感情を押し殺すのに必死だった。
成長させなくてもよかったんじゃないかなぁ。
エンドロールの主題歌何気なく聞いていたら
アレラ・ダイアン2003年の『oh! my mama』っていう曲らしい。
製作国:フランス
at ギンレイホール
オープニングで校舎から出てきたマチルド(リュス・ロドリゲス)が歩きながら横を向いた瞬間に映像が静止して文字が浮かぶ。
一瞬で再開してその後もスタッフの文字が出るけど、ところどころスローにしたりなんかして結構好きかもと期待が膨らむ。
で、見終わった感想としては、面白かった気もするが微妙だった気もする。
9歳のマチルドは母親(ノエミ・ルボフスキー)と二人暮らし。
学校では特に友達もいないはみ出し物。
それゆえに担任が母親を呼び出して三者面談をするが、どうも母親の言動がおかしい。
母親は精神が病んでいるらしい。
面談ではマチルドのほうが保護者かのようだ。
という親子の関係性や置かれた状況を冒頭数分であっという間に描ききるのはすごい。
両親は離婚している。
養育能力が欠如した母親と幼い娘を放って置くなんてひどい父親(マチュー・アマルリック)に思えるが、マチルドは父親とはしょっちゅう連絡をとって仲がいい。
離婚の原因は不明で、精神を病んだ妻に耐えられなかったか、もしくは別れたことで妻の精神が病んだのか。
マチルド視点では離婚の原因など知る由もないしどうでもいいのだろう。
大好きな母親と一緒に暮らすことのほうが今現在一番大事で一生懸命だから。
そういう母と娘、母の苦悩や娘の孤独を描いた物語。
それほど大きな展開があるわけでもないので、途中から骸骨のシーン等少しうつらうつらしてしまう。
フクロウが喋るとかいうファンタジーっている?って思ってあまり乗れなかったけど、途中でこれはマチルドの孤独が生んだ架空のお友達と気づいてからは面白くなる。
友達の意見というよりマチルドの本音や心の声が発せられる。
溺死したオフィーリアのイメージがマチルドに重なったり、自分を埋葬してみたりとかは言いたいことはわかるけど、それよりもマチルドと母親とのやりとりをもっと見たかった気もする。
歌のシーンで母親が寄り添ってしまうシーンとか泣ける。
監督脚本で母親役でもあるノエミ・ルボフスキーの実体験をもとにしているらしい。
以下ネタバレ
大好きな母親で自分に惜しみなく愛情をそそいでくれるけど時折母親の考えていることがわからない。
しょっちゅう振り回されてばかりいるけどそれでも一緒にいたい。
池から這い出ることができないような檻に閉じ込められる圧迫感や孤独を感じながらも健気に生きる9歳の少女を誰もが愛するだろう。
だからラストで役者が変わったときにはぁ?ってなる。
だいぶ似た雰囲気の女優さんだったけど、それでも他人じゃん。
ラストのやりとりが秀逸で感動的なだけに「お前誰だよ」っていう感情を押し殺すのに必死だった。
成長させなくてもよかったんじゃないかなぁ。
エンドロールの主題歌何気なく聞いていたら
I'll be a mamaって変化したところで泣きそうになる。
I'll have a daughter
アレラ・ダイアン2003年の『oh! my mama』っていう曲らしい。
2019年5月12日日曜日
映画『炎の城』
1960年 監督:加藤泰
製作国:日本
BSプレミアム録画
![炎の城 [VHS]](https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/51E%2B38kkUML.jpg)
明から帰ってきた若殿王見正人(大川橋蔵)は、父親が死に叔父が領主となり、母親はその叔父の妻となっていることを知る。
平和主義者の父と違って叔父は野望の塊のような男。
父の死に疑問を持つ正人は身の危険を感じ、気狂いの振りをしながら父の死の真相を掴もうとするのだが、、、もう泥沼。
ハムレットが原案。
ストーリーは、誰かも確かめないで刺すなよ(師景だとしても今までの努力?が無に帰すし刺すなよ)とか、いや入水しなくてもとか、決闘後のあの人って無駄死になんじゃ?とか、ラストって。。とかいろいろあるけど、概ねは楽しめる。
雪野(三田佳子)の兄祐吾(伊沢一郎)のキャラクターはまっずぐな熱い男でありながら結構ひどいことも平気でやったりとして敵役の造形として面白い。
大川橋蔵の演技はオーバー気味なもののそのオーバーな感情表現に素直に魅入るのもいいし、B級見るように笑ってもいい(駄目?)。
大河内伝次郎は相変わらずセリフが聞きづらいが字幕表示してみていたので問題なし。
三田佳子は綺麗。
高峰三枝子はあまり目立たないけど演じる母君の苦悩がつらい。
加藤泰にしてはカメラがよく動く。
でも程よい長回しや差し色等の控えめな色彩バランスは楽しい。
調べてみると加藤泰はこの映画を「壮烈なる失敗作」と言っているらしい。
主にはラストシーンで会社側の意向により悲劇ものになりそこねたところを言っている模様。
あと、DVD化されていないみたいで、VHSめっちゃ高い。
製作国:日本
BSプレミアム録画
![炎の城 [VHS]](https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/51E%2B38kkUML.jpg)
明から帰ってきた若殿王見正人(大川橋蔵)は、父親が死に叔父が領主となり、母親はその叔父の妻となっていることを知る。
平和主義者の父と違って叔父は野望の塊のような男。
父の死に疑問を持つ正人は身の危険を感じ、気狂いの振りをしながら父の死の真相を掴もうとするのだが、、、もう泥沼。
ハムレットが原案。
ストーリーは、誰かも確かめないで刺すなよ(師景だとしても今までの努力?が無に帰すし刺すなよ)とか、いや入水しなくてもとか、決闘後のあの人って無駄死になんじゃ?とか、ラストって。。とかいろいろあるけど、概ねは楽しめる。
雪野(三田佳子)の兄祐吾(伊沢一郎)のキャラクターはまっずぐな熱い男でありながら結構ひどいことも平気でやったりとして敵役の造形として面白い。
大川橋蔵の演技はオーバー気味なもののそのオーバーな感情表現に素直に魅入るのもいいし、B級見るように笑ってもいい(駄目?)。
大河内伝次郎は相変わらずセリフが聞きづらいが字幕表示してみていたので問題なし。
三田佳子は綺麗。
高峰三枝子はあまり目立たないけど演じる母君の苦悩がつらい。
加藤泰にしてはカメラがよく動く。
でも程よい長回しや差し色等の控えめな色彩バランスは楽しい。
調べてみると加藤泰はこの映画を「壮烈なる失敗作」と言っているらしい。
主にはラストシーンで会社側の意向により悲劇ものになりそこねたところを言っている模様。
あと、DVD化されていないみたいで、VHSめっちゃ高い。
2019年5月5日日曜日
映画『日日是好日』
2018年 監督:大森立嗣
製作国:日本
at ギンレイホール
予告編にもあるけど樹木希林のこのタイトルの読み上げ方っていかにも樹木希林って感じでいいよね。
二十歳の大学生典子(黒木華)はひょんなことから従姉妹の美智子(多部未華子)とともに茶道を習い始める。
お茶の先生役に樹木希林。
典子が茶道の才能に溢れていて、何気なく始めたのにめきめき頭角を現して大会で優勝しました!とかそういうストーリーじゃない。
才能というかセンスがあるのは後から入ってきた女子高生(山下美月)で、典子の方はそんなにセンスない。
まあ、形から入ってあとで心が付いてくる世界では継続が重要なんだろうし上達の速さはたぶん些事。
おっちょこちょいと言われる典子が茶道を好きなり、茶道を通した「気づき」が人生の悲喜こもごもに寄り添っていく支えていく物語。
なにで見たか忘れたけど映画においてモノローグの多用はださいという通説があったと思う。
心象とか状況とか、映画なんだから言葉で説明しないで映像や演技で表せよ、言葉で説明しちゃったら小説から想像力を奪っただけの作品になっちゃうじゃん、とかそんな理由だと思われる。
ただ個人的には別にモノローグは嫌いじゃないし、むしろ説明してくれてありがとうなんだけど、この映画見ていたら「うっせーな、おい」と思ってしまった。
「掛け軸は字を読むんじゃなくて絵として眺めればいいんだ(どや)」
「ある日些細な音の違いがわかるようになった(どや)」
等々、中学生か!と思うようなことを私って感受性豊かでしょとひけらかすように言われ続けるとうるさくもなる。
「日日是好日」の額が前半の浅い理解から、後半で人生を経た上で新たな意味を持って再度映し出されたときに、おおーってなったのに間髪入れずにモノローグ(セリフだったかも)で説明が入るもんだから、「ここも説明するんかい!」って心でつっこんでいたら何におおーってなったのかも忘れてしまった。
原作は森下典子のエッセイ『日日是好日 「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』。
エッセイが原作ならモノローグも多くなっちゃう、かな。
これは確か90年代初頭くらいからの話だったと思うが、最近『1987、ある闘いの真実』のキム・テリを見てから80年代あたりの女性ファッションや髪型が好きで、だからかわいい多部ちゃんが見れて満足した。
製作国:日本
at ギンレイホール
予告編にもあるけど樹木希林のこのタイトルの読み上げ方っていかにも樹木希林って感じでいいよね。
二十歳の大学生典子(黒木華)はひょんなことから従姉妹の美智子(多部未華子)とともに茶道を習い始める。
お茶の先生役に樹木希林。
典子が茶道の才能に溢れていて、何気なく始めたのにめきめき頭角を現して大会で優勝しました!とかそういうストーリーじゃない。
才能というかセンスがあるのは後から入ってきた女子高生(山下美月)で、典子の方はそんなにセンスない。
まあ、形から入ってあとで心が付いてくる世界では継続が重要なんだろうし上達の速さはたぶん些事。
おっちょこちょいと言われる典子が茶道を好きなり、茶道を通した「気づき」が人生の悲喜こもごもに寄り添っていく支えていく物語。
なにで見たか忘れたけど映画においてモノローグの多用はださいという通説があったと思う。
心象とか状況とか、映画なんだから言葉で説明しないで映像や演技で表せよ、言葉で説明しちゃったら小説から想像力を奪っただけの作品になっちゃうじゃん、とかそんな理由だと思われる。
ただ個人的には別にモノローグは嫌いじゃないし、むしろ説明してくれてありがとうなんだけど、この映画見ていたら「うっせーな、おい」と思ってしまった。
「掛け軸は字を読むんじゃなくて絵として眺めればいいんだ(どや)」
「ある日些細な音の違いがわかるようになった(どや)」
等々、中学生か!と思うようなことを私って感受性豊かでしょとひけらかすように言われ続けるとうるさくもなる。
「日日是好日」の額が前半の浅い理解から、後半で人生を経た上で新たな意味を持って再度映し出されたときに、おおーってなったのに間髪入れずにモノローグ(セリフだったかも)で説明が入るもんだから、「ここも説明するんかい!」って心でつっこんでいたら何におおーってなったのかも忘れてしまった。
原作は森下典子のエッセイ『日日是好日 「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』。
エッセイが原作ならモノローグも多くなっちゃう、かな。
これは確か90年代初頭くらいからの話だったと思うが、最近『1987、ある闘いの真実』のキム・テリを見てから80年代あたりの女性ファッションや髪型が好きで、だからかわいい多部ちゃんが見れて満足した。
映画『モリのいる場所』
2017年 監督:沖田修一
製作国:日本
at ギンレイホール
画家熊谷守一の晩年の暮らしを描いたフィクション。
Wikiだと文化勲章の内示を辞退したのは本当らしいが。
30坪にも満たないが木々が鬱蒼と生い茂る庭をこよなく愛し、毎日庭に出て虫や自然を観察するのを日課にしているモリ(山崎努)。
高名画家には来客が絶えずいつも賑やか。
って話。
沖田修一っぽい温かみのある作品だけど、どうも作り物めいて見えてしまうのはなんだろうか。
庭を愛する老人だと『人生フルーツ』をどうしても思い出してしまう。
傑作『人生フルーツ』がドキュメンタリーな分だけ、対比で『モリのいる場所』がそう見えてしまうのかもしれない。
それと、どうもコメディに寄せすぎていて、少しあざとい気もする。
タライのシーンは丁寧に前フリがあったものの、笑うよりかまじびっくりしたわ。
主演山崎努と樹木希林。
三上博史すごい久しぶりに見たけど、こんなキワモノ俳優だったっけ。
他には 加瀬亮、光石研、吹越満、池谷のぶえ、きたろう、林与一、嶋田久作等が出演している。
このドキュメンタリーも面白い。
製作国:日本
at ギンレイホール
画家熊谷守一の晩年の暮らしを描いたフィクション。
Wikiだと文化勲章の内示を辞退したのは本当らしいが。
30坪にも満たないが木々が鬱蒼と生い茂る庭をこよなく愛し、毎日庭に出て虫や自然を観察するのを日課にしているモリ(山崎努)。
高名画家には来客が絶えずいつも賑やか。
って話。
沖田修一っぽい温かみのある作品だけど、どうも作り物めいて見えてしまうのはなんだろうか。
庭を愛する老人だと『人生フルーツ』をどうしても思い出してしまう。
傑作『人生フルーツ』がドキュメンタリーな分だけ、対比で『モリのいる場所』がそう見えてしまうのかもしれない。
それと、どうもコメディに寄せすぎていて、少しあざとい気もする。
タライのシーンは丁寧に前フリがあったものの、笑うよりかまじびっくりしたわ。
主演山崎努と樹木希林。
三上博史すごい久しぶりに見たけど、こんなキワモノ俳優だったっけ。
他には 加瀬亮、光石研、吹越満、池谷のぶえ、きたろう、林与一、嶋田久作等が出演している。
このドキュメンタリーも面白い。
2019年5月4日土曜日
映画『人情紙風船』
1937年 監督:山中貞雄
製作国:日本
BSプレミアム録画
![人情紙風船 [DVD]](https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/518EDNG3CFL.jpg)
江戸の長屋が舞台。
粋な男髪結新三(中村翫右衛門)は隠れて賭場を開いたりして地元のヤクザ衆に目を付けられている。
長屋の隣人の浪人者海野又十郎(河原崎長十郎)は亡くなった父の知人である毛利三左衛門に士官の口を頼もうとするが毛利は海野を厄介者扱いする。
で、なんやかんやあってまじかって話。
めちゃくちゃ面白いというわけではないけど、傑作と呼ばれるだけあって確かに面白い。
早くも遅くもないストーリー展開のくせに一つ一つがシンプルに的確で、がっちり嵌まる心地よさがある。
それぞれ追い詰められていく新三と海野の対比も面白い。
新三が命がけの豪胆さでヤクザの親分(市川笑太郎)を追い返すところは屈指の名シーンだ。
町人の新三が武士に劣らない気概を持っている分、海野の不器用さや鈍臭さが実に悲しい。
画面構成も静と動のバランスが、えー、なんというかやっぱり的確、という言葉がいいかな。
例えば、白子屋から叩き出されてぼこぼこにされる海野→そこから新三を追いかけ始めて走り去ったやくざ衆のあとの一瞬の静けさ→新三を追いかけるやくざ衆→追い詰めた新三とやくざ衆のやりとり→静けさの中むっくり起き上がる海野
この時起き上がる運のの画面奥の店先では吊るされた無数の何か(何かわからん)が風でひらひら揺れているのね。
冒頭からして雨の夜からの晴れた朝、そして長屋に入っていく役人達が水たまりを避けてくねくね動くのもいいよな。
長屋の庭木なんかもよく風で揺れていたりするけど、この風ってたまたまなのか意図的なのかは知らない。
あと、海野が完全に突き放されて雨の中立ちすくむシーンでは、静止からとぼとぼ歩き出す海野の背後を忠七が猛スピードで白子屋に駆け込むところを重ね、次のストーリー展開につなげるところもかっこいい。
あからさまに静と動を対比させてどうだ!みたいな感じじゃなく、画面内でわちゃわちゃいろんなもの動かしてどうだ!って感じでもない。
さりげなく的確に動きがあるってところがもうセンスとしかいいようがない。
海野役の河原崎長十郎は河原崎長一郎のお父さんだな。
あとヤクザ衆の若頭的立ち位置の男がなんか加東大介に似ていると思ったら加東大介だった。市川莚司は加東大介の旧芸名らしい。
ちなみに山中貞雄は昔(調べたら2000年だな)ビッグコミックスペリオールで「沙堂やん」っていう山中貞雄を扱った漫画を読んで初めて知って、それからずっと気になっていた。
で、2011年に録画したやつを令和1本目として選んでやっと見た次第。
アナログ放送時代には現存する3本を録画していたはずだけど(結局未見)、デジタルになってからはこの遺作1本しか録画してなかったみたいだな。
他のも見たい。
製作国:日本
BSプレミアム録画
![人情紙風船 [DVD]](https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/518EDNG3CFL.jpg)
江戸の長屋が舞台。
粋な男髪結新三(中村翫右衛門)は隠れて賭場を開いたりして地元のヤクザ衆に目を付けられている。
長屋の隣人の浪人者海野又十郎(河原崎長十郎)は亡くなった父の知人である毛利三左衛門に士官の口を頼もうとするが毛利は海野を厄介者扱いする。
で、なんやかんやあってまじかって話。
めちゃくちゃ面白いというわけではないけど、傑作と呼ばれるだけあって確かに面白い。
早くも遅くもないストーリー展開のくせに一つ一つがシンプルに的確で、がっちり嵌まる心地よさがある。
それぞれ追い詰められていく新三と海野の対比も面白い。
新三が命がけの豪胆さでヤクザの親分(市川笑太郎)を追い返すところは屈指の名シーンだ。
町人の新三が武士に劣らない気概を持っている分、海野の不器用さや鈍臭さが実に悲しい。
画面構成も静と動のバランスが、えー、なんというかやっぱり的確、という言葉がいいかな。
例えば、白子屋から叩き出されてぼこぼこにされる海野→そこから新三を追いかけ始めて走り去ったやくざ衆のあとの一瞬の静けさ→新三を追いかけるやくざ衆→追い詰めた新三とやくざ衆のやりとり→静けさの中むっくり起き上がる海野
この時起き上がる運のの画面奥の店先では吊るされた無数の何か(何かわからん)が風でひらひら揺れているのね。
冒頭からして雨の夜からの晴れた朝、そして長屋に入っていく役人達が水たまりを避けてくねくね動くのもいいよな。
長屋の庭木なんかもよく風で揺れていたりするけど、この風ってたまたまなのか意図的なのかは知らない。
あと、海野が完全に突き放されて雨の中立ちすくむシーンでは、静止からとぼとぼ歩き出す海野の背後を忠七が猛スピードで白子屋に駆け込むところを重ね、次のストーリー展開につなげるところもかっこいい。
あからさまに静と動を対比させてどうだ!みたいな感じじゃなく、画面内でわちゃわちゃいろんなもの動かしてどうだ!って感じでもない。
さりげなく的確に動きがあるってところがもうセンスとしかいいようがない。
海野役の河原崎長十郎は河原崎長一郎のお父さんだな。
あとヤクザ衆の若頭的立ち位置の男がなんか加東大介に似ていると思ったら加東大介だった。市川莚司は加東大介の旧芸名らしい。
ちなみに山中貞雄は昔(調べたら2000年だな)ビッグコミックスペリオールで「沙堂やん」っていう山中貞雄を扱った漫画を読んで初めて知って、それからずっと気になっていた。
で、2011年に録画したやつを令和1本目として選んでやっと見た次第。
アナログ放送時代には現存する3本を録画していたはずだけど(結局未見)、デジタルになってからはこの遺作1本しか録画してなかったみたいだな。
他のも見たい。
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