at ギンレイホール
![彼女が消えた浜辺 [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51ocBdpepYL._SL160_.jpg)
郵便ポストの内側から見た景色は一体どんな景色なのだろう、と一度は考えそうでいて意外と考えない事が冒頭のクレジットタイトル中に描写される。
郵便ポストの投函口は、そこに手紙を入れれば国内、はたまた国外にまで届くという、世界に通じる魔法の窓だけど、内側から見れば一転して当然ながら狭くて暗い閉ざされた空間でしかない。
唯一投函口から差し込む光だけが淡く揺らぐ暗い固定空間で、近づき遠のく足音や車の音、そして様々な想いを乗せた手紙がカサっと落ちる音にただ無力に耳を澄ます。
外側からは世界に繋がる魔法の窓だった投函口は、閉ざされた内側から見ると小さな窓から近くて永遠に届かない世界を切実に覗くことになる。
単純にポストの内側の景色が面白いってだけでいいと思うけど、意味づけするならば、ポストの内側からの景色は人間の視線そのものだとか 視点が変われば世界や解釈は一変するとか、ポストの内側がイランの現代の生活風俗を暗喩しているとかそんなことになるだろうか。
そしてクレジットタイトルの終了と共にその投函口の光はトンネルの光(出口の光だったかな)へと変わり、トンネル内を走る車から身を乗り出して大声で叫ぶ男女が映し出される。
トンネルを抜けたらなんとやら。
そうそう、イラン映画なんだよね。
クレジットタイトルの文字がアラビア文字っぽいのでイスラム圏のどっかの国だとは思ったがイランだったとはちょっと意外。
富裕層と思われる若い夫婦3組とガキが3人と、離婚したばかりのアーマド、そしてエリという女性が加わったグループがカスピ海沿岸のリゾート地に泊まりで旅行に出かける。
で、子供が一人溺れて大騒ぎになって、そして気付いたらエリがどこにもいなくなっている。
警察の取調べでエリの本名を聞かれても誰も知らない。
彼女は何者だったのか?誰かが何かを隠している。
というミステリーではないけどミステリータッチに展開する人間ドラマ。
ほとんど夫婦とはいえ複数の男女が泊まりで旅行に出かけるって、まるで欧米の若者みたいだ。
そして彼らのはしゃぎっぷりが取ってつけたようにひどく浮いて見える。
おどけて踊りだした男をグループが温かい笑みで見つめているシーンで、別荘の管理人の息子らしい太った少年だけがにこりともしない冷めた視線で彼らを見つめているのが、観客の気持ちの代弁でもあり、こういったグループがまだ一般的ではないことを表しているようにも思える。
不倫とか婚外交渉は鞭打ち100回、非ムスリムだったりしたら死刑が宣告されるという国だし。
泊まりの旅行といっても皆でジェスチャーゲームに興じたりして健全なもんだ。
何かこう浮いた感じが続くのだけど、エリが失踪してから段々崩れていく。
良くも悪くも隠れていた本来の姿が表出してくるのだ。
前半の悪ふざけが状況を悪化させたりする中、各登場人物の立場や考え方に基づいた心理が悲しいほど複雑に交錯して、そしてその背後には深く根付いたイスラム戒律やイラン女性の人権問題も見えてくる。
イランの政治、宗教、文化、人権等々、今までのポストの内側のように閉ざされた世界と外の開けた世界とをどう折り合いを付けていくか、その道程の困難さが推し量られる。
乗り気じゃなかったとはいえ自由への一歩を踏み出した結果がこれだ。
結果だけ見れば自由を求めなければよかったのにという話だが、なにもかも忘れて無邪気に凧揚げをするエリの楽しそうな笑顔が忘れられない。
イランでは若い女性の間ではフェミニズムが浸透していて活動も少しずつ盛んになってきているらしい。
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