2011年1月13日木曜日

映画『サイコ』

1960年 監督:アルフレッド・ヒッチコック
BS2 録画


サイコ (1960) ― コレクターズ・エディション [DVD]

クレジットタイトルかっこいいな。
音楽といい、スタイリッシュさといい、ばらばらに切り刻まれているような不穏さといい。
ソウル・バス。ソウル市内バスの事ではない。タイトルデザイン:ソウル・バスとなっている。
この人はグラフィックデザイナーで、映画のタイトルデザインの第一人者として活躍し、映画に詳しい人なら当然知っている名前、っぽいな。
映画にタイトルデザインなんて分野があることすら知らなかったが、あの衝撃的にかっこいい『めまい』のタイトルデザインもソウル・バスだ。

『サイコ』は有名なシャワーシーンは部分的に見たことあるけど、全体的にどういう話かはそういえば知らない。
クレジットタイトル後のかったるい恋人同士の逢引きシーンやらマリオン(ジャネット・リー)がしでかす事件など、あのシャワーシーンに繋がる要素が全く無いから戸惑う。
まあそれはいいとして、この映画、そこらのホラー映画より恐ろしい。
巧みな演出で途切れることない通奏低音のように流れる緊迫感や不穏な空気が、ゆるやかにまたは突如に波打つから。
シャワーシーンもそうだし、人のよさそうな青年ノーマン(アンソニー・パーキンス)が母親の話で怒りを込めて身を乗り出す変化も怖い。
見るな!気付くな!で連続する緊迫感。

見る、こっそり見る、見られる、見ていないのに見た気になる、等々の印象的な視線の錯綜と、振り返る、舞い戻る等の180度の回転運動の組み合わせが怖さや面白さのポイントかな。
マリオンだけで見ても、デスクに腰掛けた成金男に間近で凝視され、早退して家にいるはずなのに路上で勤め先の社長に振り返り見られ、明らかに挙動不審に警官を見つめ、警官のくせに無表情で怪しい男のサングラスごしの視線は執拗なまでにマリオンを追いかけ、モーテルでは覗き穴からノーマンに見られ、惨殺な場面を一切見ていないのに恐怖とともに見た気になり、水を螺旋状に飲み込む排水溝の黒い穴は機能を停止して何も見ることができなくなった楕円の片目へと変換される。
180度の回転運動も様々な形で現れるのだが、その多くは死と連動している。
殺される奴は皆どこかに戻ろうとしていたし、階段を上るアーボガストは不安定で滑らかな飛躍をするカメラにより階段を下りるときが死の道行きとなり、簡単に予測は付くがそれでも恐ろしい回転して現れる母親の真実、殺人犯の回転するように切り替わる心の一方は死だし。

女優達の演技が少し微妙な気もし、ちょっと話しただけで全て分ったようなしたり顔で喋る男には何なんだよお前と突っ込みつつも、面白かった。

2011年1月10日月曜日

映画『2001年宇宙の旅』

1968年 監督:スタンリー・キューブリック
BS2 録画


2001年宇宙の旅 [DVD]

初めてビデオテープに録画したのが学生の頃だから、10年以上前からいつでも見れる状態だった映画をやっと観る。

広い荒野で夕日のシルエットに猿の影が浮かぶが、動きがなんか人間が猿の真似をしているような不自然さがある。
どうやら着ぐるみを着ている人間らしい。
よくできた特殊メイクだ。
他の本物の動物達と段々違和感が無くなって溶け込んでくる。
それにしても宇宙のSFだと思っていたのに荒野で猿人達がウキーって吠えているのだが。。。
しかし神秘的な謎の石版が突如現れ、それに触れた猿人は道具を使用することを覚える。
ツァラトゥストラはかく語りきの音楽に乗せた仰々しい人類の夜明けシーンに笑いつつもなんかSFっぽくなってきたぞ、と思って観ていると、猿人が上空に投げた骨から突如シーンはスペースシャトルが飛ぶ宇宙へ切り替わる。
なんという時間の飛翔だ。
数十万、数百万年の跳躍は勢い余って2001年に行ってしまう。誤差の範囲だ。

ねっころがって観ていたら美しき青きドナウなんて聞かされるもんだから爆睡してしまった。
この音楽は無いわ~。
映画館で見なくてよかった。
巻き戻して再開。
再開後は意外とめりこんで見る。
冒頭50分くらいは序章に過ぎなかった。
ディスカバリー号の木星探査の章が始まってから俄然面白くなってくる。
かったるい音楽がほとんど無くなったからかな。

宇宙が黒い。当たり前だが黒い。
時間も空間も分らなくなりそうなどこまでも永遠に沈み込んで行く黒の質感が、白い宇宙船や黄色い宇宙服を異空間が混在しているかのように拒絶したり音も無く飲み込んだりしていく。
黒の中の白がよく映えるんだこれが。
ディスカバリー号の外見の緻密さと重そうな質感は圧巻だ。(白い作業用ポッドの造形もかっこいい)
黒と白を基調にしてぽつんと配色される赤や黄色の原色、無限の闇の中での永遠の静止を基本とした動き等々、ストイックなまでに必要最小限のものしか存在していない。
無駄なものがそぎ落とされすぎて余白みたいなものがなくなってくると却って息苦しくなるものだが、そもそも基調となっている黒と白は余白の色だ。
しかもどこまでも深く清潔な黒と白。
単調になりそうになると他の色がさりげなくアクセントを加える。
だから黒の深度に身を投じたまま、静かに沈み込んでいったり浮き上がったり、白のまばゆさにはっとして弾き出されたり、冷徹に研ぎ澄まされた無機的な闇の階層の内と外をゆらゆらとたゆたうことになる。
寒々としているのにどこか大きい温もりを持つ揺らぎに神経が麻痺してくる。

極めつけはラストで、映像といいストーリーといい、呆気にとられてしまった。
堰を切ったようにあふれ出す光の奔流から始まり、静寂の異空間までの10数分、息を呑んで見守ったものの、圧倒的な映像という感じではない。
トリップする準備はこれまでの2時間で十分すぎるほど整っているので、ここらで一発圧倒的な光の洪水をどうだといわんばかりに見せ付けたら簡単にトリップするだろう。
てもそんなもの見せてもドラッグきめたヒッピーが喜ぶだけだしね。
光の洪水のスピードに流されながらもボウマンの恐ろしく歪んだ顔のストップ画を挿入して抜きを入れたりして抑制するところはこれまでの演出と変わらない。
分りやすい光の洪水の余韻を引きずりながら、続く光の不定形に揺らぐ姿態のシーンも長いし。
だから「圧倒的」じゃないのだけど、じゃあ何なんだよと言われると、さっきから「圧倒的」だった・・・って言ってしまいそうになる語彙の無さに泣けてくる。
この映画で時間も空間も超越して平然と並列されている、例えば生と死、静と動、無機的有機的、肉体と精神(AI)、ミクロとマクロ、この世と反転してすぐ裏にあるあの世等々、まあイメージ次第なのだが、こういう反義要素が耳鳴りのような音楽とスピード感に比して恐ろしく静寂なあの木星突入の映像で一気に、大手を振って膨れ上がるわけだ。
闇に沈み込んでいく恐怖から一転して一分の隙間もない光の間隙に落ち込んでいく不安と、ネガポジ反転の気味悪さを伴いつつ。
それがつまり圧倒的。。。
簡単に言うと、面白かった。

1968年だもんな。当時に見たらもっと別の映像衝撃を受けたのだろうな。

ストーリーが不可解なのでそれが納得できなければWikipediaの解説を解釈の手引きとして見るのもいい。
昔はWikipediaに映画作品の解説なんて載っていなかった気がするが最近は充実しているんだねぇ。
全部読んでないけどへぇーと思ったのは、ヘルメット無しで真空に出ても「短時間であれば科学的に可能と考えられている」らしい。
そうか、あのシーンはおいおいと思ったけど、おいおいは僕の方でしたか。

1月INFO

BShi 1月10日(月) 午後3:00~5:13
魂のジュリエッタ 1965年・イタリア/フランス
〔監督・原案・脚本〕フェデリコ・フェリーニ
BShi 1月10日(月) 午後10:05~11:48
あゝ結婚 1964年・イタリア/フランス
〔監督〕ビットリオ・デ・シーカ
BS2 1月11日(火) 午前0:10~3:00(10日深夜)
エレニの旅 2004年・ギリシャ/フランス/イタリア/ドイツ
〔監督・脚本〕テオ・アンゲロプロス
BShi 1月11日(火) 午後10:05~11:54
ひまわり 1970年・イタリア
〔監督〕ビットリオ・デ・シーカ
BS2 1月12日(水) 午前0:15~2:36(11日深夜)
シテール島への船出 1984年・ギリシャ/西ドイツ/イギリス/イタリア
〔製作・監督・脚本〕テオ・アンゲロプロス
BS2 1月13日(木) 午前0:45~2:59(12日深夜)
永遠と一日 1998年・ギリシャ/フランス/イタリア
〔製作・監督・脚本〕テオ・アンゲロプロス
BS2 1月14日(金) 午前0:45~2:51(13日深夜)
霧の中の風景 1988年・ギリシャ/フランス
〔製作・監督・原案・脚本〕テオ・アンゲロプロス
BS2 1月18日(火) 午前0:50~2:22 (17日深夜)
紳士は金髪がお好き 1953年・アメリカ
〔監督〕ハワード・ホークス
BS2 1月19日(水) 午前0:41~2:57 (18日深夜)
翼よ!あれが巴里の灯だ 1957年・アメリカ
〔監督・脚本〕ビリー・ワイルダー
BS2 1月20日(木)午前0:45~2:56(19日深夜)
フェイシズ 1968年・アメリカ
〔監督・脚本〕ジョン・カサベテス
BS2 1月24日(月) 午後9:00~10:52
探偵物語 1983年・日本
〔監督〕根岸吉太郎
BS2 1月25日(火) 午後9:00~10:53
セーラー服と機関銃 1981年・日本
〔監督〕相米慎二
BS2 1月26日(水) 午後9:00~10:50
Wの悲劇 1984年・日本
〔監督・脚本〕澤井信一郎
BS2 1月28日(金) 午前0:45~2:45(27日深夜)
メトロポリス 1927年・ドイツ
〔監督〕フリッツ・ラング

新年なのでいわゆる名作が目白押し。
上旬にフェリーニ特集があって8日の『若者のすべて』だけ録画しようとしていたら忘れてしまった。

アンゲロプロス祭りがまたやってくる。
こないだ放映していたときのアナログ録画はちょうどまだ観ていなかったので今度はいい画質で録画しよう。

薬師丸ひろ子特集のおかげで久しぶりに相米慎二が観れる。

メトロポリスは楽しみだなぁ。

2011年1月9日日曜日

映画『ミレニアム2 火と戯れる女』

2009年 監督:ダニエル・アルフレッドソン
at ギンレイホール


ミレニアム2 火と戯れる女 [DVD]

ミレニアム3部作の2作目。
130分もあるから覚悟していたけど、見終わったら「あれっもう終わってしまった」という感じ。
エンドロール中に振り返ってみるといろんなシーンが思い出されて確かに130分のボリュームがあったと納得する。

前作を見ていないと何がなんだか分らない点も結構あるだろうな。
私はサディストの豚ですとか。
ミカエルとリスベットがそれぞれ事件を追いかけ、再会は引っ張って引っ張って劇的に、っていう心憎い?演出もあるし1作目から見るに越したことは無い。
ただ、1作目に比べてミステリー要素が少し薄くなってアクション要素が濃くなっているので2作目から見ても楽しめる、はず。
2作目から登場する無痛症の巨人ニーダーマンも恐ろしいしね。金的にスタンガン食らわすという必殺技を受けても平然としている怪物だが、燃え盛る倉庫の裏から人が逃げていても気付かない間抜けさとか父に従順な姿等はお茶目だ。
無痛症だからスタンガンが利かない、プロボクサーのパンチを受けても倒れない、ハイキックを首にもろに何発食らっても倒れない、っていうのは「んな馬鹿な」って話だがお茶目だからいい。

登場人物がよく覚えられなくてちょっと苦労した。
呼ばれ方がfamily nameだったりfirst nameだったりするのでフルネームで覚えないといけない。
サランデルとサンドストレムとエクストレム、ビュルマンとビョルクとかどれが誰だっけ?ってムキーとしてくる。

終わり方が余韻無しなのは3部目に続くから。
2部と3部はテレビドラマ用に制作されていたが1作目が大ヒットしたのを受けて劇場用に編集しなおして公開したらしい。
テレビドラマ用だったためか登場人物の初登場シーンに字幕で名前紹介が出たりする。
「リスベット(天才ハッカー)」だ。今回ハッカーらしいことはほとんどしていなかった気がするが。

映画『アイスバーグ!』

2005年 監督:ドミニク・アベル、他
at ギンレイホール


予告編を見ていないので先日の『北京の自転車』みたいに思いがけなく面白い作品だったりして、と期待に胸を膨らまして見たわけですよ。
そういえばワンピースにアイスバーグさんっていたよなって考えながら。

冒頭氷の世界でアジア系の女性が正面から映され、彼女が言うには自分はイヌクティトゥット語を話せる最後の人間だと。
子供や夫にもこの言葉を覚えて欲しい。
私が夫とどのようにして出会ったかお話しましょう。
アイヌ系の女性なのか。
とにかくにこにこしていて、最後のセリフの後の無言の笑顔が素敵すぎて思わず泣きそうになる。
これはもしかして物凄く面白い映画なんじゃないか!

しかしそんな感動と期待をよそに場面はがらっと代わってヨーロッパ系のひょろっと背の高い初老のおばさんが現れる。
初老は言いすぎか。
体から油分が全て無くなって干からびたような感じだったので年いっているように見えたが、実際は40前後かもしれない。
それにしてもまた魅力のない女性が出てきたもんだ。
まあそれは置いといて気になるのはさっきからちょいちょい少しも面白くないサイレント風のギャグが織り交ぜられているのだが、これは一体なんなんだ?
このギャグはほんの気まぐれであってくれという願いもむなしく、最後までこんなギャグの連続で進んでいく。

もうこんなにつまらなくてきつい映画は久しぶりだ。
『死霊の盆踊り』がまだ面白く思えるくらい。
なにがきついってギャグが一つも面白くないどころかイラっとするから。
一度イラッとするとギャグはもとより食器のかちゃかちゃいう音とか目覚ましとかモザイクなしの陰部とか、もう全てにイラッとする。
この監督はアキ・カウリスマキやジャック・タチのような映画を目指していたのかもしれないが、比べるのもおこがましいほどの糞映画が生まれてしまった。
僕はどんな映画でも映画である以上それなりに最後まで鑑賞できる人だと思っていたけど、やっぱり合う合わないっていうのがあるとこの年になって初めて知った。
本当につまらなくて苦痛だったわ~。

監督は面倒だから他と略して書いたが、3人いる。
夫婦役の主演二人、ドミニク・アベルとフィオナ・ゴードン、そして村の雑貨屋みたいな店でいつも帳簿を付けているだけの主人役だったブルーノ・ロミの3人が共同監督している。
3人とも職業は道化師だそうだ。
小さい漁船"タイタニック号"の船長役のフィリップ・マルツも道化師。

ベルギー映画。

ギンレイで来週から上映される『ルンバ!』の予告編見たら出演しているのはどう見てもフィオナ・ゴードンだ。
監督も同じっぽい。
どうしよう。

2011年1月4日火曜日

映画『ヤギと男と男と壁と』

2009年 監督:グラント・ヘスロヴ
at ギンレイホール


ヤギと男と男と壁と [DVD]

ヤギと男と男と壁と
CSの番組で千原ジュニアが付けたという邦題。
酒と泪と男と女みたいだ。
原題は
THE MEN WHO STARE AT GOATS
直訳すると
ヤギを見詰める男性
かなぁ。

原作はジョン・ロンスンのノンフィクション『実録・アメリカ超能力部隊』で、本のタイトルにもあるようにアメリカで実在したとかしないとかいう超能力部隊"新地球軍"を扱った物語。
超能力、といってもCGばりばりのハイパーエスパー軍団が大活躍するようなSFじゃなくて、ノンフィクションなのでもう少し現実的。
といってもなんたって"ジェダイ計画"により生まれた"新地球軍"は隅から隅までヒッピーで成り立っているのでシニカルな笑いを交えつつアメリカ人と戦争が描かれていく。

2003年、新聞記者のボブ(ユアン・マクレガー)は妻を編集長に取られた腹いせにイラク戦争の取材を敢行する。
そして入国前に立ち寄ったクウェートでリン(ジョージ・クルーニー)という男と出会い、一緒にイラクに入国する。
リンはかつて新地球軍でNo.2の実力を持った優秀なエスパー戦士だった。
イラクでの二人の動向とリンにより語られる超能力部隊の清濁併せ持つ歴史が交互に描かれる。

ラストの解放のシーンで爽快感よりもの寂しさを感じるのは何故だろう。
時代に取り残されたヒッピーの成れの果てを見ているからか。
新地球軍のリーダーだったビル(ジェフ・ブリッジス)もアル中のおっさんだ。
肝心の超能力もリンの過去語りで片鱗が少し覗く程度なので、実は現在のリンは超能力を失った(もしくは最初から超能力を持っていなかった)と考えると、過去にしがみつき見得で生きているような寂しさもある。
全体通して言えるのは、ベトナム人もイラク人も皆真面目の中、アメリカ人だけがどこか不真面目(本人達は真面目だが)でアイロニカルに浮いている。
ラストの解放もイラク人から見たら虐待するのも解放するのも同じアメリカ人だ。
アメリカの自己批判が哀愁漂うおっさん達の強烈なキャラクターで後ろ向きにも前向きにも見える不思議なストーリー。
→おっさん達、とはジョージ・クルーニー+ジェフ・ブリッジス+ケヴィン・スペイシー。

映画『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』

2009年 監督:トッド・フィリップス
at ギンレイホール


Hangover

長いタイトルだ。
結婚式当日、新郎の友人から花嫁に電話がかかる。
だだっ広い砂漠の一本道からの電話で告げられる「花婿は欠席するかも・・・」という知らせ。
花婿が消えてしまったらしい。
なにやらミステリー。
という真面目さはオープニングだけで、ミステリーはミステリーだけどノリはハイテンションなドタバタコメディ。

バチェラー・パーティでラスベガスに繰り出した男4人が最高級ホテルのスイートで目覚めると、部屋はぐちゃぐちゃ、鶏はいるは虎がいるは赤ん坊はいるは歯がなくなっているは花婿はいないはで昨夜のはちゃめちゃぶりが伺えるのだけど、当の本人達は揃って記憶を無くしている。
分らないことだらけだけど、とにかく花婿のダグを探さないと。
手がかりを求めて昨夜の足跡を辿る衝撃の旅が始まる。

途中ちょっと飽きてきたけど、面白いのは登場人物が最悪(最高)の一夜とそれを追う旅を通して成長しているところ。
いい年のおっさん達に成長っていうのもなんだけど。
記憶を失くした夜が非日常なら非日常でこそ本当の顔がさらけ出される。
目覚めた日は非日常と日常の狭間にあり、その中間点をいったりきたり彷徨う過程で表と裏の顔が馴染んでいく。
だからその過程を経なかった行方不明の花婿ダグは代わりに黒くなった。。。

爆笑するほど笑うことはなかったけど、あのエンドロールには思わず笑ってしまったな。

ステュ(エド・ヘルムズ)
真面目で一番理知的そうな歯科医。
ただ、あのたるみきった汚い肉体を見た瞬間、速攻イメージが崩壊する。
最悪の夜に一番はっちゃけてとんでもない行為をし続けていたのはステュだった。

フィル(ブラッドリー・クーパー)
小学校の教師ながら一番下品な男。
そして一番の色男。
独身生活を謳歌していそうでいながら妻子持ちだったりする。
軽くて適当な男と思いきや、実は至極冷静で優しい男だった。

アラン(ザック・ガリフィナーキス)
花嫁の弟で、ステュとフィルと一応面識はあるという程度。
ただ、変なパンツを履いているから変な奴なんだろう。
何をしでかしたか知らないが小学校とコンビニに接近禁止命令が出ているらしい。
花婿の親友達に突然混ざっても臆すどころか勝手に乾杯の音頭を取って一匹狼の"軍団"に三匹が加わったなどとのたまう。
最終的にはフィルに憧れる可愛い奴。
ザック・ガリフィナーキスは若いのかと思ったら調べてみると実年齢は飛びぬけて高かった。

ストリッパー役でヘザー・グレアムが出ている。
いつの間にかもう40だよ、この人。
それなのになんでもないことのように普通におっぱい出している。
がん見するアラン。

あとマイク・タイソンが本人役で出演している。
予告編でドラムの音に合わせてエアドラムをした流れでそのまま殺人パンチを放つ流れが爽快だったのに、あれは予告編のみの編集だった。
このドラムが印象的な曲はフィル・コリンズの『In the Air Tonight』、らしい。
上映前の劇場のBGMで妙に懐かしい曲ばかりかかっていて、フィル・コリンズ時代のジェネシスの『インヴィジブル・タッチ』も流れていたが、『In the Air Tonight』つながりでかけていたのかな。

2011年1月3日月曜日

映画『スウィングガールズ』

2004年 監督:矢口史靖
DVD


スウィングガールズ スタンダード・エディション [DVD]

数年前に会社の同僚に借りて、見よう見ようと思っていたDVDをやっと見る。
ネットで調べてみるとなぜかあまり評判がよくないんだな。
面白いのに。

楽譜も読めない楽器の初心者達が有能な講師がいるわけでもなく、名演奏を聞きこんでいるわけでもなく、そんなに練習している風でもないのにいつの間にか高校生とは思えないレベルのビッグバンドに成長している不思議。
指導に当たる教師はレコードマニアだが楽器未経験でかつ致命的に音楽の才能が無い。
上手くなるには唯一の経験者の拓雄君が頼りだが、彼は元パーカスで管楽器の経験が無い上に、ど下手な演奏に何も不満も湧かないほどの音痴だった。
というように上手くなる要素が微塵も無いところに突っ込みつつも、そんなことどうでもいいくらいの要素が二つある。

一つ目はなんといっても上野樹里の小憎たらしいはっちゃけっぷりで、『チルソクの夏』やジョゼの真面目さと、変人寄りだったのだめとの中間の丁度いい自由さ。
高校生の成長譚、といっても無気力で自分勝手に生きていた少女が打ち込めるものを見つけて大事な仲間も得る、ということ以外何がどう成長したのかは不明なものの、ヒロインの表情豊かな若い魅力は『ロボコン』の長澤まさみに匹敵する。
矢口映画のヒロインは西田尚美しかいないと思っていたけど上野樹里もぴったりだ。

二つ目は矢口史靖独特のリズム感で、それがストーリーの突っ込みどころにもなるのだけど、とにかく場面展開の素早いリズム感が心地いい。
短いカットの中にも強烈なキャラクターの登場人物達がシーンの隅々で何気なくかつ奔放に動いていて結構濃密だったりもする。
お得意の人形を使ったギャグもあり。
そして基本的には馬鹿ノリで紡がれる矢口監督の演出にはめずらしく、それまでのノリが一変して時間が止まったかのように静謐になる短いシーンがある。
このシーンの上野樹里の美しいこと。
滅茶苦茶かわいいというわけでもない上野樹里がその生涯を通して一番美しい顔した瞬間だったんじゃないかと思うくらい神秘的なシーン。
この唯一の異質なシーンが作品全体に楔のように作用して、軽妙なノリの奥に潜む隙間をじわじわ埋めていくから作品が重層的になり面白くなっている。
このシーンがなかったら『ウォーターボーイズ』みたいにパッと見てパッと楽しんでパッと忘れてしまったかもしれない。

最後の演奏シーンは絶対吹き替えだと思っていた。
部活で3年間みっちり練習してもこれほど吹けるようになる人は稀なのに、撮影で初めて楽器を手にしたと思われる出演者達がこんなに吹けるようになるわけがない。
ただ、指使いとかアンブシュアとか本当っぽく様になっているなぁと思っていたら、様になっているどころか本当に彼女達が演奏していたらしい。
クランクイン前から練習していたというが、それにしても驚きだ。

このDVDは特典で監督や出演者の解説が副音声で聞けるようになっている。
しかも2パターン。
105分丸まる付いているから後2回見なくては。

見終わってからそういえばこの映画は松田まどかが出ていたはずと思って見直したら、本当に全く目立たない役でバリトンサックス吹いていた。
ファミリーマートが印象的な名作『NAGISA なぎさ』でデビュー作ながら主役張っていたのになぁ。

2011年1月2日日曜日

映画『死霊の盆踊り』

1965年 監督:A・C・スティーヴン
DVD


死霊の盆踊り デラックス版 [DVD]

『マタンゴ』に終わり『死霊の盆踊り』で始まるあけましておめでとうございます。

数年前に友人に借りて、見よう見ようと思っていた(かは定かではないが)DVDをやっと見る。
『死霊の盆踊り』って間違いなく日本向けの邦題で、そんな邦題付ける時点でB級映画臭がぷんぷんする。

冒頭棺桶から目覚めたおっさんがうつむき加減の寝ぼけ眼で言うには「これから話す物語は気を失うほどに恐ろしい」らしい。
クレジットタイトルを見ていると、
Gold Girl Dance
Hawaian Dance
Skelton Dance
Indian Dance
Slave Dance
などとキャスト紹介されている。
なんのことやら分らずにいると、MummyとかWolf Manという文字も見えるから一応ホラー映画っぽくて安心する。
いや、そもそもクレジットタイトルのバックの静止画が全身金粉塗った裸の女という事実から目を逸らしてはいけない。
続けて
Screenplay by EDWARD D,WOOD,JR.
という文字を見たらもう観念するしかない。

ストーリーは、ストリッパーを劇場じゃなくて墓場で躍らせたら面白いんじゃない?というもの。
ああ、コンセプトじゃなくてストーリーの説明か。
ショーツを履いただけの女達が延々と踊ります。

一応夜の帝王と闇の女王がいて、夜の帝王という役のエロおやじを喜ばすために、闇の女王が若い女性(死霊)に裸踊りをさせるという設定がある。
そしてその”盆踊り大会”に墓場で事故ったバカップルが巻き込まれる(というか特等席で鑑賞させられ男の方なんてニヤついている)という設定もある。
最低限の設定はあってもストーリーは無い。
91分のうちの大半は裸踊りだ。
しかも踊りがつまらない!
花嫁ダンサーなんか乳ぶるぶる震わせてるだけだし。
なんとか寝ずに最後まで見たが、もう一度見ろと言われたら全力で回避する。(ながら見ならできそうだが)

DVDには特典で監督のインタビューが付いている。
エドウッドはいい脚本家だが監督の才能は全くないね、と。
クレジットタイトル後の夕方だか夜だか昼だか入り乱れてよく分らないシーンは現像技師のミスだと言い訳していた。
いや、もう昼と夜がごっちゃになっているのなんて作品全体のしょうもなさを見た後では何の弁解にもならない。
ダンスシーンの音楽は後からオリジナルの曲に差し替えたとのこと。
おかげでただでさえつまらないダンスが音楽に合わなくなってさらにわけ分らなくなった。
確信犯だ。。。

夜の帝王役のクリスウェルは若い頃はさぞかし美男子だっただろう。
年いっている割には子供のような表情しているのが少し普通じゃない気もする。
それもそのはず、彼は1950年代にTVで一世を風靡していた自称霊能者かつ予言者、という怪しげな経歴。
エドウッドの作品にも出演しているらしい。
セリフを覚えない男らしく、カンニングペーパーを見て撮影したシーンもあるそうだ。
冒頭なんか正しくそうだろう。
寝起きでたるそう感じは下にあるカンニングペーパーを見ていたからか!
そういえばティム・バートンの『エド・ウッド』で棺桶で寝起きする男が出ていた気がするが、あれがクリスウェルだったのかな。

ヒロインのカップルの女の方が最後に闇の女王によりブラウスをはだけさせられ、かつブラジャーの真ん中を小刀でぷっつり切られるのだけど、ブラジャーがぱつんと大きく観音開きするかと思いきや胸にぴったりくっついたままで乳首が出ない。
おっぱいの見すぎで食傷気味のところで最後の最後で微妙な消化不良。
監督インタビューによると、闇の女王役のファウン・シルヴァーは唯一脱がない女優だったそうだが、ヒロインも脱がなかったから二人じゃないの?と思ったら、ヒロインとGold Girl Danceは同一人物だったらしい。
Gold Girl Danceが踊っているのを同一人物のヒロインが見下ろしていたんだね。
なかなかやるな。

ORGY OF THE DEAD
が原題。
死者の乱交パーティーとでも訳すのか。
死霊の盆踊りと大して変わらなかった。
邦題は江戸木純が付けている。

2010年12月31日金曜日

2010年

年が経つのは早いな。
10代の10年間と20代の10年間の密度が全然違う。
30代はというと既に丸2年があっという間に経過し、2年前の自分と比べると肉体が老けた以外は何も変わらないし振り返ってみても何も思い出せない。
10代の頃は30代といったらめちゃくちゃ頭がよくなっている筈と思っていたのになぁ。

まだ記憶にあるうちに今年の個人的ニュースを書いておこう。

3位:引っ越した
2位:定食屋に変態がいた
1位:路上でケツ丸出しの女がいた

3位:引っ越した
前の家は8年も住んで飽きたので引っ越した。

2位:定食屋に変態がいた
12月頃だったと思うが、よく行く近所のチェーン店の定食屋に飯を食いに行く。
テーブル席だけどテーブル中央にパーティションがあって向いは見えなくなっている一人掛けの席に座る。
パーティションといっても下が開いているので、向いの人の顔は見えないが手元は丸見えになっている。
向かいの席には太目のサラリーマンが座っているようだ。
左手に携帯、右手に箸を握ってすき焼き定食を食っている。
特に気にせず文庫本を読み始めたのだけど、程なくどこからかくちゃくちゃ音がするので文庫を下ろすと、前の席のサラリーマンがくちゃくちゃ食っている音らしい。
舌打ちのようなチィという音を交えながら頻繁にくちゃくちゃ音をさせるのでかなり気になる。
早く食い終わって帰って欲しいのに未だに携帯を持ちながら飯を食っている。
昔は熱心に携帯いじっているというのはイコールメールしているということだったから、そんなに人と繋がっていたいのか、寂しい奴め、と思ったものだが、今や携帯はメールだけじゃないからな。
そうこうしているうちに飯が来てしまう。
音を気にしないようにして食べ始める。
程なくやっと食い終わったサラリーマンが帰っていったのでほっとする。
やっと落ち着いて飯が食える幸せ。
えーっと、変態の話だけど、このサラリーマンのことでは無い。
問題は次の奴だ。

気付いたら向いに次の客が座っている。
この店はご飯のお代わりがセルフサービスなので、でかい炊飯ジャーから2杯目をよそってきて席に戻ると、思わず固まってしまう。
向かいの席の人が、備え付けの漬物を小皿に山盛りに盛ったその上から一味唐辛子を小さじで丁寧に乗せているところだった。
薄い黄色の今にも崩れそうな漬物の上が尋常じゃない量の一味唐辛子で真っ赤に染まっている。赤い雪をかぶった富士のように。
小さじで一味を振り掛ける行為は一向にやむことなく、そのエンドレスに繰り返されるこぼれないように丁寧に盛っていく手つきの機械的な正確さと、上部一面が真っ赤になっている漬物の対比に次第に狂気を感じてきて戦慄が走る。
変態がいる~~!
僕が気付いてから少なくとも3分以上は一味唐辛子を盛り続けていた。
これ以上は崩れると判断したのかやっと一味を盛り終えると、今度は醤油を取ってこれまた丁寧にぽたぽた垂らしている。
パーティションで丁度顔だけが隠れ、その首の無いーター姿の上半身が人間の食い物とは思えないものを製造している恐怖。
徐に割り箸を取って最後はかき混ぜ始める。
ぐちょぐちょと。
当然ぽろぽろこぼれる。
するとこぼれた漬物を丁寧に拾って元に戻してまたかき混ぜ、またこぼれたのを拾って戻す、を延々と繰り返す。
味覚のおかしさはどうでもいい、それよりセーターの温かい優しさから覗く手が織り成す異常なまでに丁寧な所作が粘質的な変態さを感じさせて気持ち悪い。

いよいよ出来上がった変態の食べ物を変態は二口ほど口に入れてから変態的に箸を置いてしまう。
えっ?あんなに時間かけて作ったのにまさかまずかったの?
最初からそんなものなかったかのように放置される変態の食べ物。
程なく定食が運ばれてくると、変態は変態の食べ物をおかずにしてご飯を食べ始める。
ああ、まずかったからほったらかしにしたわけじゃないのね。
いや、でもあれを普通に食っているのが信じられないけどね。

自分の飯を食い終わったので立ち上がるときに顔を見てやろうと思ったけど、立ち上がってもパーティションに隠れて見えなかった。
ちなみに変態の定食は見ると値段的に上位に入るミックスグリル定食だった。


1位:路上でケツ丸出しの女がいた
つまり路上でケツ丸出しの女がいたんだよ。

あれは12月12日。
髪を切りに近くの床屋に入ってみると、満席のため16時くらいになると言われる。
あと1時間あるな。
予約して一旦家に帰る。
16時近くなったので家を出て床屋に向かう。
下に高速が走る開けた通りを足早に歩いていると、T字路にジャージ姿のヤンキーがうんこ座りしているのが見える。
T字路の角にある店の路地側で、降りたシャッターに向かって座っているので後姿しか見えない。
そのヤンキーに向かってこれまたジャージ姿のヤンキー女が近づいていくところだった。
ヤンキーとヤンキー女。
新富町にもヤンキーがいるんだな。
築地も近いからそっちの方の奴か。
考え事しながら足早に歩いていると、突然真っ白いケツが目に飛び込んでくる。
はぁっ??
膝まで下ろしているジャージで歩きにくいのか蟹股で歩きながらジャージのズボンをたくし上げているところだった。
何が起きたのか間を置いてから考えると、うんこ座りしていたヤンキーは男だと思っていたら実は女で、うんこ座りというかしょんべんしていたらしい。
近づいていったヤンキー女は人が来ることを知らせにいったのか。
それにしても僕以外に人はいないとはいえ、その場でズボンを上げずに下半身丸出しのままかなり開けた通りに歩きながら出た後にズボンを上げてたぞ。
もし通りを僕とは逆方向に歩いている人がいたら、その人は角から突然下半身丸出しのヤンキー女が現れるという衝撃に見舞われることになる。
後ろから見ていても突然で衝撃だったからな。
ちなみにだぶだぶのジャージに比して華奢な太ももと少し肉付きのいいケツというなかなかの組み合わせだった。



なんかベスト3が10月と12月の出来事になってしまった。
2010年の頭の方はもう記憶に無い。