2019年1月20日日曜日

映画『運命は踊る』

2017年 監督:サミュエル・マオズ
製作国:イスラエル/ドイツ/フランス/スイス
at ギンレイホール




この予告編さ、ラクダが通るのに始まり名作か自己満足系か判断付きにくいけど、最後の方のそれまでの雰囲気とあからさまに異質なマンボのリズムにのせたダンスが見事で、名作に違いないと思う。
ただ、予告編で名作と思ったやつって大体本編見るとつまらなかったりするんだよなぁ。

イスラエル。
ミハエルとダフナ夫妻のもとに軍人がやってきて、息子ヨナタンの戦死が伝えられる。
悲しみにくれる二人だが、後に誤報だったと伝えられる。

全体的な印象としては、潔癖で無機質な静謐さがグロい感じ。(グロいシーンがあるわけではない)
面白いかどうかでいうと途中何度もうとうとしたためよくわからない。

突然大きな音入れて無駄に驚かす映画って苦手なんだよなぁ。
音に結構こだわりがあるように見えて、音使いはなかなかよかっただけに残念。
あと、真上からのシーンが異様に多く、カメラもぬるぬる回転するけど、何度も見ると飽きる。
ラクダはそう関係してくるのか。。

2019年1月6日日曜日

映画『輝ける人生』

2017年 監督:リチャード・ロンクレイン
製作国:イギリス
at ギンレイホール




35年連れ添った夫が定年退職し、その功績を讃えられてナイトの称号を得る。
それによって自分はレディとなることに喜ぶサンドラ(イメルダ・スタウントン)。
しかし華々しいパーティの途中で夫の浮気が発覚する。
家を飛び出し長らく連絡していなかった姉ビフ(セリア・イムリー)の安アパートに転がり込む。

熟年男女の恋愛もの。
40代の恋愛ものでもう~んと思うのに60とは思い切ったものだ。
しかもヒロインのサンドラがいかにもブルジョワな感じの高慢ちきな女性で、思い切り過ぎだろうと思う。
しかしサンドラも姉とすごすうちに角が取れていき、可愛らしくすらなっていく。
相手役のチャーリーを演じるのはティモシー・スポール。
最近では『否定と肯定』で憎たらしい役をやっていて、イケメンとは程遠い、はずなのになぜかかっこいい!

最初はどうかと思ったが、全体的にはイギリス映画って感じて笑いあり涙ありの人生賛歌で面白かった。

「信じれば、飛べる!」って絶対あのあとドボンしているよね。あの貧弱なジャンプ力。

映画『フジコ・ヘミングの時間』

2018年 監督:小松莊一良
製作国:日本
at ギンレイホール





フジコ・ヘミング初のドキュメンタリー映画。
年齢非公開だがたぶん80半ばくらいかな。
異様に若々しい。
そしておしゃれ。
現在のフジコの生活と過去の語りが交互に描かれる。
不遇の人生を過ごしながらも晩年に花開き、世界中に家を持ってかなり裕福そうだけど決して驕らず、真摯に生きている様が清らかに見える。
なかなか面白かった。

フジコ・ヘミングって名前くらいしか知らない程度で、印象的には秋元順子みたいなもんかと思っていた。
秋元順子って気づいたら歌謡界に現れて気づいたら大物歌手っぽく振る舞っていた。
(「おばさん」を擬人化したらこうなる、みたいな風貌もそうだけど、個人的にはあまり好みの歌手ではない)
フジコ・ヘミングもなんか知らないけどいつの間にか話題になっていたよね。
だから同じように思っていたけど。。

演奏も何度か流れるけど、恐ろしいほどに柔らかくメロディアスに弾く。
これは人気が出るわけだ。
魂のピアニスト、とか呼ばれているらしい。
そういえば昔良く聞いていて前橋汀子も魂のヴァイオリニストとか冠がついていた。
今調べると魂のヴァイオリニストは若林暢の代名詞っぽい。
魂の、ってつけるの日本人好きだよな。
他の演奏者に魂ないわけないのに。

フジコ・ヘミングをネットで調べると、賛否両論で、耳の肥えた人からするとミスタッチが多すぎて圧倒的に技術力が足りずに聴いてられないらしい。
プロの演奏家でもミスタッチしない人なんかいないはずだが、その数があまりに多いとさすがに気になるのだろう。
あとあまり譜面通りに弾かないらしく、そういうのって中高生が喜びそうだ。

映画見ていてなんとなく引っかかっていたけど、後半以降やっと気づいたのは、バナナマンの日村に似ている。

2019年1月5日土曜日

映画『星を追う子ども』

2011年 監督:新海誠
製作国:日本
テレビ録画




熊木杏里の『Hello Goodbye & Hello』は『星を追う子ども』という映画の主題歌になっているらしい。
というのでずっと気になっていたアニメ映画。

自然豊かな山あいの町に暮らす小学生くらいの少女アスナ。
父親は幼い頃になくなって母と二人暮らし。
母は仕事でだいたいいないのでアスナが家事全般をしている。
学校や友達にもなんだか馴染んではいないようで、家事が終わったらもっぱら一人で遊んでいる。

光と影で彩られる風景は綺麗だし、この自然の中で少女がどう成長してくのかとなかなか楽しみになる導入部。
と思っていたら、リスだか猫だかよくわからない動物が突然ひょこひょこやってきて、えっ、もしやファンタジー、、、嫌いじゃないぜ!!

生と死を扱って世界観も壮大で、細かい人物設定の謎も多いけど、なかなか面白い冒険ものだった。
『Hello Goodbye & Hello』っぽいアレンジ曲は流れていたけど『Hello Goodbye & Hello』そのものが最後にかかったときはグッときた。

「一人でラジオ聴きながら、どこか遠い、違う場所に行かなきゃってずっと思ってたんです。私がいたい場所はここじゃない。見たこともないどこかなんだって」
ああ、自分の居場所はここじゃないと、よくわからないなにかを追い続けた『秒速5センチメートル』の貴樹君の荒みっぷりを見たあとだけに、このセリフは不吉だ。
ドキドキ冒険気分のアスナは絶対ひどい目に合う。
って思ったんだけど、女の子補正、子供補正がかかってよかった。
主人公が女の子はいいとして小6くらいって設定は冒険活劇では結構特殊だよな。

ジブリっぽいのは監督自身ある程度意識的にそうしているらしい。

この監督、どのシーンも光と影が印象的だけど、時折強い光も使われる。
ただ、見えないくらいの強い闇っていうのはないのね。

映画『秒速5センチメートル』

2007年 監督:新海誠
製作国:日本
テレビ録画




放映前のナレーションで「3本の短編ラブストーリー」とかいうから、えっ、めんど!と思う。

第1話:桜花抄

冒頭声だけ聞こえる男女が高校生かなと思ったら小学生。
その後成長して中1。
小学校卒業と同時に転校して栃木に行った女の子に会いに行く物語。
夜の田舎しかも大雪の中走る電車。
人のいない車内は寂しく、外は真っ暗で、しかも行き先は行ったこともない見知らぬ土地。
この恐ろしいまでの不安感が緻密に描きこまれた映像で表現されていてなかなかいい。
謎ポエムが邪魔だけど、このポエム聞いていると、なんかどちらかといえば女の子に会いたい気持ちよりとっとと引き返したい気持ちの方が強いように見える。
見知らぬ土地の真っ暗な町に一人放り出されるのはとにかく怖いからね。

「貴樹君、、きっと、この先も大丈夫だと思う。絶対。」
今思えば不吉な前振りというか未来予知というか、何か予感を感じたのだろうか。

それにしてもお互いの両親は捜索願でも出したのだろうか。


第2話:コスモナウト

あれ、なんか続きっぽい。
独立した短編じゃなくて連作短編か。
夜の電車もよかったけど中1の初々しい恋愛ポエムだけじゃ少し物足りなかったので続きがあってよかった。

第3話:秒速5センチメートル

CM飛ばしたときに本編も飛ばしたのかと思うくらいあっという間に終わってしまう。


結構男性の支持率が高いらしい。
会社の先輩も激推ししていた気がする。
20代くらいまでなら感傷に浸れそうだが、弾力を失いきった心のおっさんにはちょっとなと思う。

2019年1月4日金曜日

映画『聲の形』

2016年 監督:山田尚子
製作国:日本
テレビ録画




昔週刊少年マガジンに掲載された読み切り読んであまりに面白いので読後にしばらく呆けていた。
殴り合っているときの硝子の、解放されたかのようにうっすら笑みを浮かべる止め絵(漫画だからどのコマも止まっているけど)には特にガツンとやられた。
(この2013年の12号はなんだか捨てられずに今でも持っている)
その後連載が開始されて、これがまた面白い。
読み切りのその後の余韻に形が与えられるのに不安もあったけど、登場人物も増えて毎回飽きさせない。
いじめる側いじめられる側、傍観者、家族、新しい友だち。
彼ら彼女らの過去そして現在における思いや後悔、葛藤が、水面下や表層で激しく交錯する様が熱すぎる。

で、映画。
本当は公開中に映画館で見たかったけど、絶対泣くわと思って躊躇しているうちに見れなかった。
泣かずに見ようと思いつつも、将也や硝子が動いているの見るだけで開始からもうやばい。
なんとか我慢はしたが、将也の母の足にすがって謝るシーン等々いくつも抑えきれないところがあった。

2時間に収めるため主要人物を将也、硝子、結絃、植野あたりに絞ってよくまとまっているなと思う。
あまりフィーチャーされなかったけどみんな大好きなキャラ川井さんの自己愛っぷりの強烈さも垣間見れたし。
植野が猫耳をすちゃっと装着して近づいてくる原作屈指の名シーンはなんで変えちゃったんだろう。
でもまあかなり堪能したし濃密で面白かった。

2018年12月23日日曜日

映画『レディ・バード』

2017年 監督:グレタ・ガーウィグ
製作国:アメリカ
at ギンレイホール




アメリカの高校生くらいの少女の等身大の姿を描く、っていう映画は腐るほどあって、大体が口悪くてプライド高くてくそ生意気なのであまり好きなジャンルじゃないのだけど、さっき見たジェイソン・ライトマン監督が撮った『JUNO/ジュノ』とか意外に面白かったりするのもあるので、どんなもんだろうと見てみると、これがなかなか面白かった。

カリフォルニア州サクラメント。
自称レディ・バードと名乗る17歳のクリスティン(シアーシャ・ローナン)はサクラメントが大嫌いだった。
そして何かと口うるさい母親も嫌い。
バークレーを卒業した養子の兄は現在スーパーでレジ打ちをし、その彼女もなぜか実家で同居している。
あまり裕福でないが(後に父親は失業)、地元の公立高校の治安が悪いので少し高めの市立のカトリック系の高校に通わせてもらっている。
そんなクリスティンはサクラメントを出てNYの大学への進学を夢見ている。
母は猛反対。
背景としてはそんな感じで、少女の成長と母娘の物語になっている。

クリスティンはスクールカーストでいうと中の下くらいの位置にいるのね。
親友のふくよかなジュリーとは仲良しだけど、できれば上位の人たちの仲間になりたいとも思っている。
裕福でない家とか、高齢の父とか、平凡な名前とか、あらゆることにコンプレックスをいだきながらも、恋に憧れNYに憧れ、今を生きている。

主演のシアーシャ・ローナンが魅力的で、あの独特な顔立ちに惹きつけられる。
演じた役も個性的ながら女性なら特に共感しそうな面が散りばめられていて面白い。

ラストシーンいいよね。
化粧もくずれていて。
家族、っていうものに胸が温かくなる。

映画『タリーと私の秘密の時間』

2018年 監督:ジェイソン・ライトマン
製作国:アメリカ
at ギンレイホール





二人の子供を生み、三人目を妊娠中のマーロ(シャーリーズ・セロン)。
長男は少し情緒が不安定でしょっちゅう学校に呼び出される中で3人目の出産。
子供二人の面倒と家事をこなして、かつ昼夜問わない授乳、で疲れ果てているときに、校長から遂には長男の転校をやんわり勧められる。
で、ナイトシッターを雇う。
やってきたのは若く自由があり未来への希望に溢れているタリー(マッケンジー・デイヴィス)という女性。
マーロはタリーが若いのに不安を感じるが、タリーは超完璧なシッターだった。
心に余裕ができるマーロ。
中盤まではそんな話。
ラストの展開は、なにこれ、怖って思う。サスペンス??

結婚して子供に恵まれて夢を掴んだ。でも自由はなくなった。
これが幸せか。
マーロは特に責めないが、夫は自分は乳出ないし何もできない、と言いながらゲームに勤しむ。
アメリカじゃ生後間もなくても普通にベビーシッターに預けて夫婦で出かけたりもするそうだ。
でもマーロは他人に預けるなんて、と全部自分一人でやろうとする。
(この大変さを見ていると家電もない時代の女性はすごいなぁ)
最後は存在感の薄い夫ドリュー(ロン・リヴィングストン)がキーになっていると思うが、で、結局幸せなハッピーエンドなの?
家族の絆を国家の礎にしてきたアメリカも今やシングルマザーだらけだし、アメリカ人はすぐ自由自由っていうし、なんかいろいろ破綻しているよな。

2018年12月9日日曜日

映画『ワンダー 君は太陽』

2017年 監督:スティーヴン・チョボスキー
製作国:アメリカ
at ギンレイホール




遺伝子の疾患で生まれたときから何度も整形手術を行っている10歳の少年オギー(ジェイコブ・トレンブレイ)。
顔がモンスターのようなので自宅学習で過ごしてきたが、母イザベル(ジュリア・ロバーツ)は5年の新学期からオギーを学校に通わせることを決心する。
こんな顔の学友を10歳の少年たちが放って置く訳がない。
当然いじめられる。
ただし経緯はどうあれよき理解者、友人が現れ、次第に、、っていう。

なんか本当アメリカ人が好きそうな話だ。
私達は差別をしません。
重要なのは外見じゃありません。
私達は個性を尊重し、人の内面を見ます。
これでもしオギーの内面が普通の子だったらいじめはなくならかったのだろうな。

ああ、別につまらなかったわけではないのだけど。
主役はオギーだけど、途中章ごとに脇役の視点に切り替わる時があって、小説とかではそういうのよくあるけど映画ではそれほど多くないのでそこは面白かった。

映画『悲しみに、こんにちは』

2017年 監督:カルラ・シモン
製作国:スペイン
at ギンレイホール




予告編見た記憶もなく、1mmも期待しないまま見たのだけど、ここ数年でNo.1にしたいくらいよかった。

バルセロナに住む両親を亡くした6歳の少女フリダ(ライア・アルティガス)が、カタルーニャ(田舎)に住む叔父夫婦の家に引き取られる。
叔父夫婦とその3,4歳くらいの幼い娘アナ(パウラ・ロブレス)の3人家族はフリダを快く受け入れる。
ストーリーとしてはこれだけ。

叔父夫婦はすごくいい人達で、アナはお姉さんが出来たと喜ぶ。
フリダもすぐに家族に打ち解けているように見えるが、それほど素直にはいかない。
フリダを快く受け入れた、とはいえ、やはり自分たちの娘が誰よりも可愛い。
ましてや主に面倒を見る母親はフリダとは血のつながりはない。
いい人たちとはいえ、愛情に飢えたフリダはそういう微妙な機微を感じ取る。
反抗、嫉妬、猜疑心、そして喜び。
そういう感情が豊かな自然の穏やかな日常の中で漣のようにゆらめく様がどんな凝ったストーリーよりも動的で美しい。

自分が心配されていることを知ったフリダは翌日のお祭りで先頭をきって旗を持って元気にスキップする。
この時の無邪気な笑顔見たときに涙が溢れて、さらにはラストシーンでは久しぶりに大泣きしてしまった。
家族になれた瞬間と母の死を受け入れた瞬間。
映画史に残るラストシーン。

子役ってこまっしゃくれたガキが芸達者に演技して大人たちがよくできましたね~と思考停止した気持ち悪い笑顔で褒め称えるだけの存在だから基本的に嫌いで映画には邪魔だと思っているんだけど、子役に演技させない映画っていうのもあって(ジャン・ルノワールの『河』とかビクトル・エリセ『ミツバチのささやき』とか)、これはどちらかというと演技させない方。
アナの「フリダ、遊んで」の可愛らしさは異常だし、アナとフリダの無邪気な笑顔は素、のはず。
アナはほぼ素で、フリダは主役ゆえに結構演技しているはずだけど(特にラストシーン)、子役嫌いの僕が何も違和感感じずに見たので監督なのかフリダ役のライア・アルティガスなのか、とにかく凄い。

にしてもこの邦題、サガンか斉藤由貴か安全地帯かと間違える。
原題は『ESTIU 1993』で英題は『SUMMER 1993』。
『SUMMER 1993』の方が無味シンプルでこの映画の表題としてはいいのにな。

最後に谷川俊太郎のレビューコメント
少女フリダの愛くるしい顔と無言の行動にひそむ、
苦しく悲しい孤独・・・
涙はフリダを解放しただろうか?