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2019年10月20日日曜日

映画『誰もがそれを知っている』

2018年 監督:アスガー・ファルハディ
製作国:スペイン/フランス/イタリア
at ギンレイホール




時計塔の中って怖いよね。
あの歯車とか巻き込まれたら大惨事だし。
そういう緊張感の欠片もない若者たちや鳩にこっちが緊張する。
そして何より時計塔の中が出てくるのは名作と決まっている。
文字盤の割れた隙間も映える。

ラウラ(ペネロペ・クルス)は妹の結婚式に出席するために子供を連れて帰郷する。
家族や幼馴染のパコ(ハビエル・バルデム)と再会してまぶしいくらいの賑やかさに溢れる。
結婚式も幸せに幕を閉じようとした矢先、ラウラの娘イレーネが家の中から突然失踪する。
ほどなく誘拐犯から連絡がきて。。

ミステリーだけどあまり謎解きのヒントのようなものはなく、小出しにされる過去やら秘密やらの人間関係の変化が主軸になっている。
見終わってから知ったけど、監督はアスガー・ファルハディだった。

生意気ざかりで未来に希望しか見えていなかったイレーネの今後が心配だ。

2014年9月12日金曜日

映画『ある過去の行方』

2013年 監督:アスガー・ファルハディ
製作国:フランス/イタリア
at ギンレイホール




予告編見てサイコサスペンスかなと思ったけど全然違う。
サスペンスはサスペンスだけど、何か特異な点があるわけではなく登場人物達は皆ごく普通の人達。
それぞれの人物の想いとそのちょっとした感情のすれ違いが極上のサスペンスになる。
悩み・葛藤・思いやり・プライド・罪悪感・大人たちに振り回され振り回す子供たち。
ある一つの事実をめぐって登場人物一人一人の人間の輪郭が痛いくらいに浮かび上がってくる。
最初から最後まで目が離せないくらい面白かった。

イラン人も出てくるしストーリーの骨組みとか映像の雰囲気が『別離』に似ている。
というかこれ『彼女が消えた浜辺』や『別離』のアスガー・ファルハディ監督だった。(予告編でちゃんと書いてあった・・)
今もっとも勢いのある監督アスガー・ファルハディ。
まだ何本も撮っていないのになんなんだろうこのクオリティは。
サスペンス以外も見てみたい。

2013年5月6日月曜日

映画『別離』

2011年 監督:アスガー・ファルハディ
製作国:イラン
at ギンレイホール




最初の方で少し寝てしまったのをすごく後悔した。
事件が起ってからは少しも目が離せないほど面白い。
当事者達だけじゃなくて周りの家族の心情まで丹念に描かれていて、特に11歳の娘テルメーの苦しさ、悲しさ、優しさには心が痛くなる。
(テルメーが主役みたいなもんだ)
悪い人なんて一人もいない。
ラジエーのどうしようもない夫ですら信心深く妻想いの男だし。
いい人たちだらけなのに、それがなんでこんなことになっちゃったんだろうねぇ。

監督のアスガー・ファルハディは調べてみると『彼女が消えた浜辺』の人だった。
ああ、納得。
こういう日常のサスペンスを描かせたら右に出るものはいないってくらい上り詰めてほしいな。

2011年3月27日日曜日

映画『彼女が消えた浜辺』

2009年 監督:アスガー・ファルハディ
at ギンレイホール


彼女が消えた浜辺 [DVD]

郵便ポストの内側から見た景色は一体どんな景色なのだろう、と一度は考えそうでいて意外と考えない事が冒頭のクレジットタイトル中に描写される。
郵便ポストの投函口は、そこに手紙を入れれば国内、はたまた国外にまで届くという、世界に通じる魔法の窓だけど、内側から見れば一転して当然ながら狭くて暗い閉ざされた空間でしかない。
唯一投函口から差し込む光だけが淡く揺らぐ暗い固定空間で、近づき遠のく足音や車の音、そして様々な想いを乗せた手紙がカサっと落ちる音にただ無力に耳を澄ます。
外側からは世界に繋がる魔法の窓だった投函口は、閉ざされた内側から見ると小さな窓から近くて永遠に届かない世界を切実に覗くことになる。
単純にポストの内側の景色が面白いってだけでいいと思うけど、意味づけするならば、ポストの内側からの景色は人間の視線そのものだとか 視点が変われば世界や解釈は一変するとか、ポストの内側がイランの現代の生活風俗を暗喩しているとかそんなことになるだろうか。
そしてクレジットタイトルの終了と共にその投函口の光はトンネルの光(出口の光だったかな)へと変わり、トンネル内を走る車から身を乗り出して大声で叫ぶ男女が映し出される。
トンネルを抜けたらなんとやら。

そうそう、イラン映画なんだよね。
クレジットタイトルの文字がアラビア文字っぽいのでイスラム圏のどっかの国だとは思ったがイランだったとはちょっと意外。
富裕層と思われる若い夫婦3組とガキが3人と、離婚したばかりのアーマド、そしてエリという女性が加わったグループがカスピ海沿岸のリゾート地に泊まりで旅行に出かける。
で、子供が一人溺れて大騒ぎになって、そして気付いたらエリがどこにもいなくなっている。
警察の取調べでエリの本名を聞かれても誰も知らない。
彼女は何者だったのか?誰かが何かを隠している。
というミステリーではないけどミステリータッチに展開する人間ドラマ。

ほとんど夫婦とはいえ複数の男女が泊まりで旅行に出かけるって、まるで欧米の若者みたいだ。
そして彼らのはしゃぎっぷりが取ってつけたようにひどく浮いて見える。
おどけて踊りだした男をグループが温かい笑みで見つめているシーンで、別荘の管理人の息子らしい太った少年だけがにこりともしない冷めた視線で彼らを見つめているのが、観客の気持ちの代弁でもあり、こういったグループがまだ一般的ではないことを表しているようにも思える。
不倫とか婚外交渉は鞭打ち100回、非ムスリムだったりしたら死刑が宣告されるという国だし。
泊まりの旅行といっても皆でジェスチャーゲームに興じたりして健全なもんだ。

何かこう浮いた感じが続くのだけど、エリが失踪してから段々崩れていく。
良くも悪くも隠れていた本来の姿が表出してくるのだ。
前半の悪ふざけが状況を悪化させたりする中、各登場人物の立場や考え方に基づいた心理が悲しいほど複雑に交錯して、そしてその背後には深く根付いたイスラム戒律やイラン女性の人権問題も見えてくる。
イランの政治、宗教、文化、人権等々、今までのポストの内側のように閉ざされた世界と外の開けた世界とをどう折り合いを付けていくか、その道程の困難さが推し量られる。

乗り気じゃなかったとはいえ自由への一歩を踏み出した結果がこれだ。
結果だけ見れば自由を求めなければよかったのにという話だが、なにもかも忘れて無邪気に凧揚げをするエリの楽しそうな笑顔が忘れられない。

イランでは若い女性の間ではフェミニズムが浸透していて活動も少しずつ盛んになってきているらしい。