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2021年7月3日土曜日

映画『スパイの妻<劇場版>』

2020年 監督:黒沢清
製作国:日本
at ギンレイホール




この予告編さあ、なにこのチープなB級テレビドラマみたいな映画って思ったら黒沢清監督ってばーんって名前が出るからびっくりするよね。

本編見ると、冒頭の手前に樹の枝葉で奥に建物のショットがなんか安心感あったけど、以降は普通に予告編通りだった。
でも意外と面白かった。

セリフまわしはどんなに熱がこもっても常にどこか上滑りしているような変な感じ。
なにこれって思うけど、棒読みすぎず自然すぎない絶妙なバランスの上に成り立った演技に思えてきてだんだん癖になる。

余談:
そういえば黒沢清の映画ってだいたいこんな感じのセリフまわしだったっけ、というか黒沢映画って超久しぶりに見た気がする。
いや、久々というか『ニンゲン合格』とあとせいぜい1,2本くらしか見ていなかったかも。。
このブログ上では3本乗っているなぁ。覚えていない。。

東出君は黒沢清と相性よさそうだな。

演出は昔の日本映画見ているかのよう。
バストショットの切り返しは真正面向いているけど小津っぽいし、後はなんだ、何も出てこないがなんとなくの雰囲気で。

以下少しネタばれ

自分の危機的状況もよく理解していないし、フィルム見れば納得してもらえると信じ切った上でのどや顔「御覧ください」は名シーンだった。

2009年2月15日日曜日

映画『トウキョウソナタ』

2008年 監督:黒沢清
at ギンレイホール


トウキョウソナタ [DVD]

是枝裕和の『歩いても 歩いても』は小津、成瀬などのホームドラマの系譜だったが、黒沢清の『トウキョウソナタ』は森田芳光の『家族ゲーム』に近い。

父佐々木竜平(香川照之)。
母佐々木恵(小泉今日子)。
長男佐々木貴(小柳友)。
次男佐々木健二(井之脇海)。
の4人家族。

線路近くの一軒家で暮らす一般的な家庭。
一般的だからこそ表出しない不協和音が潜む。

実は今時珍しい家父長制の家族だったり、長男がアメリカ軍に入隊すると言い出したりとちょっと一般的では無さそうな面が次第に現れてくるんだけど、それよりも後半怒涛のごとく押し寄せる一般的でない事件にびびる。
もう作品のジャンルが変わっているからね。
(そういえば『ドッペルゲンガー』も後半から一転してチープなロードムービーになったよな)
家族各々に降りかかった事件は各々の胸に刻んで家族のいるホームへと帰っていく。
帰る場所がある、待っている家族がいる、それ以上は無くて、自分が家族を支えている、守っている、とかいう前に家族一人一人の心は誰にも侵害されずに自立している。

なんか結構安心して見れたな。
コメディチックで楽しいし不安定なところが刺激的だし。
次男が友達と一緒に親から逃げているシーンとか『どこまでもいこう』みたいな良質の子供映画見ているようだし、妻の逃避行はロードムービーだし、父の取得物はサスペンスだし。
でも全体は家族映画でホームに優しく帰結するという。
「君にはピアノの才能があります」という詐欺っぽい棒読みの非現実的な事実はそのままファンタジーとなり、こいつもまた素晴らしく家族に帰結するんだな。
ピアノ始めて数ヶ月でドビュッシーの『月の光』を弾きこなせるわけないじゃんと思いつつも、演奏とシーンが素晴らしければそれでいいと思える。
それにしても健二役の井之脇海君が本当に弾いているみたいに見えた。
小学生ピアニストを俳優に起用したのだろうかと思って調べてみたら、ちょっとピアノを弾けるという程度でシーンは弾き真似だったらしい。
すごい子役だなぁ。『イエスタデイズ』の原田夏希のピアノシーンは明らかに弾いてなかったよ。編集もそれっぽくカット割して雰囲気を盛り上げているのが胡散臭くて。

小泉今日子はここ数年映画に出まくっている。
アイドル全盛だった頃のキョンキョンはよく知らないのだけど、今はトップレベルの女優さんだな。
夕飯作ったけど夫の竜平が帰ってくるのを待っているうちにソファで寝てしまった恵が、竜平が帰ってきた後の「飯は食ってきた」という無残な一言に動揺もせず、代わりにねっころがったまま両手を天井に向かって差し出し「お願い引っ張って」と言うシーンがいい。
うちの母も昔よく言っていた。
映画では恵の声が聞こえなかったのか画面の奥で竜平は無視してすーっと去っていってしまい、伸ばされた両手だけがむなしく残るのね。
「誰か私を引っ張って・・・」

ちなみに映画は大企業の総務部長である父が中国オフショアの導入によりリストラされるところから始まる。
撮影当時はまだ景気がよかったはずだが、今見るとここだけかなり現実的。

2006年11月26日日曜日

映画『ドッペルゲンガー』

2002年 監督:黒沢清
TV 録画


ドッペルゲンガー

ドッペルゲンガーが喋る、ドッペルゲンガーが他者から見える、触れられる、ドッペルゲンガーが死ぬ。
存在はしていたが実体としては存在していなかったものが今確実に存在して、そして実体は消えても存在としては確実に存在している。
黒沢清の映画はいつも存在と非存在の境が曖昧でいて存在に対する希求が切なくて強い。
早崎(役所広司)から派生したドッペルゲンガーは早崎の内なる欲望を行動に移す力があった。
社会の規範を外れながらも社会に生きる一人の男として存在するドッペルゲンガー。
憎んでも恐れてもドッペルゲンガーは早崎自身の姿だった。
見たくない自分の内なる部分を実体として見る。
と、ストーリーの軸としては自分をもっとよく見つめなさい、っていうような単純なお話。
でも「自分を見つめなおす」というテーマを大仰に語るなんてこっぱずかしい事はしない。
自分を見つめなおそうと思い立った人間をあっけなく(お笑いっぽく)死なすし。
展開としては100%シリアスにコメディが侵食していって、そしてブラックユーモア絡めたチープでポップなロードムービーへ。
思い出すと結構滅茶苦茶でふざけた展開をしているのだけど見ているときはすんなり見たなぁ。
早崎以外の登場人物も皆二面性を持っていてこいつドッペルゲンガー?と思うけどなんかもうどっちでもいい。
とにかく面白いしラストの手をばたばたさせているところなんか思わず泣きそうになる。
ロードムービーの場面なんてこのノリは凄い楽しい。
何なの?あのミラーボールは。ユースケが真剣に逃げてるし。
何なの?ダンカン殴った後のシーンは。役所がかっこいいアウトローみたいで「由佳行くぞ!」「うん」と答える永作博美はそんなかっこいいアウトローの可愛い彼女気取り。
あと、ユースケ・サンタマリアが演じた役ってふと永瀬正敏が演じている錯覚に。顔全然似てないのに。

2006年11月23日木曜日

映画『回路』

2000年 監督:黒沢清
TV 録画


回路 デラックス版

わからない。
なぜ加藤晴彦は会ったばかりで大して親しくもない小雪をいきなり下の名前で軽々しく呼べるのだ。「春江」「春江~!」

ほとんど自然光だけなのか画面が暗すぎてよく分からない。
冒頭のバスのシーンはこれから異世界に行きますって感じでどきどきする。
やってきた異世界は・・・ほとんど意味が分からない。
幽霊サイトとあかずの間の関係って何?
武田真治が仮説として、霊魂のエリアが満杯になりそして現世に溢れ出す装置(回路)が何か馬鹿みたいなきっかけで確立された、と言うのだが大体魂は輪廻転生すれば溢れないじゃない。
その装置ってあかずの間の事?
人間があかずの間をいたるところに作っているけどその意図は何なの?
幽霊の目的は?現世に来たけりゃ勝手に来なさいよ。
人間に接触して生きる気力を無くさせて、しまいには黒い壁の染みにしてしまう意図は?
壁の染みになった奴らが助けてって言うのは幽霊にもなれずに永遠の孤独の世界に閉じ込められたから?

とにもかくにも「何か」が意味不明なまま起こって東京、そして世界から人々が次々に消えていなくなった。
人々は死して永遠の孤独となり、生き残ったわずかな者も周りの人間を失った孤独に苦しみながら当ても無く前に進むしかなかった。