2018年 監督:アリーチェ・ロルヴァケル
製作国:イタリア
at ギンレイホール
イタリアの小さな村。
若者のプロポーズのやり方とか、古き風習のいい感じの村。
農園主に収める量がどうのこうのとか話しているので彼らは皆小作人らしい。
裸電球を借り合ったりとか、比較的貧し目だけど幸せそうではある。
この村に皆に頼られているらしい青年ラザロ(アドリアーノ・タルディオーロ)がいる。
いや、頼られているというかこき使われているだった。
「私は小作人を、小作人はラザロを搾取する」
当のラザロはこの状況をなんとも思わず、透き通った瞳のまま皆の幸せが自分の幸せかのように働き続ける。
そんな日々も侯爵夫人の息子タンクレディ(ルカ・チコヴァーニ)がやってきたところから転換点を迎える。
なんか携帯電話が出てくるし、実はこれ20世紀後半の話なのね。
この時代にこの昔ながらの村、っていうのはある理由があって。。
人形みたいなのが落ちていったけど崖下の草木がクッションになったとしてもこれ重症でしょ、ってところからパゾリーニかっていうくらい後半加速度的に寓話になっていく。
聖人。
アントニアが拝むところは泣きそうだ。
貧しいがそれなりに幸せだった村と、それが一瞬で崩壊して放り出された人々のそれぞれの未来。
両時代でなにも変わらないラザロ。
ガリヒョロのタンクレディの末路が一番悲惨だったんじゃないだろうか。あの体型。
『存在のない子供たち』でかなり満足してあまり期待していなかったけど、こちらもなかなか面白かった。
ギンレイの今回のプログラムはどちらも1960年前後くらいの香りがする。
ああ、アリーチェ・ロルヴァケルは『夏をゆく人々』の監督か。面白いわけだ。
2020年2月11日火曜日
2016年4月17日日曜日
映画『夏をゆく人々』
2014年 監督:アリーチェ・ロルヴァケル
製作国:イタリア/スイス/ドイツ
at ギンレイホール
監督のアリーチェ・ロルヴァケルは1981年生まれの女性監督。
って知ってびっくりした。
長編2作目にしておそろしい名作を作ったものだ。
舞台はイタリアトスカーナ。人里離れた土地で昔ながらの方法で養蜂を営む家族の物語。
たぶん息子が欲しかったのだろうが、4人の娘と両親の6人家族。プラスよくわからない居候の女性ココを含めれば7人。
長女のジェルソミーナ(マリア・アレクサンドラ・ルング)は12歳ながら父親の右腕として働いている。
ある日村にテレビ番組「ふしぎの国」のテレビクルーがやってきて、居合わせたジェルソミーナは司会者ミリーのきらびやかさに心惹かれていく。
食品衛生の基準に満たない作業所は改築を迫られ、ミツバチは隣の畑の除草剤によって全滅に追い込まれるという状況の中、この番組が伝統に則った生活を営む家族のコンテストを開くときき、ジェルソミーナは出演を希望するが父親は断固反対する。
『ブラス!』等々の最近のイギリス映画によくあるような田舎町のハッピーな成功譚ではない。
家父長制の家庭の中でテレビ番組や少年更生プログラムでやってきた少年等、外部から訪れる変化に敏感に反応して美しく揺れ動く、思春期のジェルソミーナの物語。
ジェルソミーナを溺愛しているが愛情表現の不器用な父親に触発されてか、とにかくジェルソミーナが愛しい。
ジェルソミーナの心の機微が暖かい陽光に照らされながら繊細に綴られていく。
導入からよくて、真っ暗闇に中に光が現れて、移動する光は二つになり四つになり、車のヘッドライトだと気づく頃にはなにごとかの事件の幕開けかと思う。
停車した車から降りてきた男たちは、「あんなところに家なんてあったか?」「昔からあるだろ」みたいな会話の後に家族が住む家の中にシーンが移る。
おもむろに起きだすジェルソミーナ。
しかし外の様子とはなんら関係なく、閉じた家の中では別の要素でにわかに騒がしくなる。
あと、ラストもまた秀逸なんだな。
あまり書けないけど、美しく儚い幻のような。。
司会者ミリーは誰だこのおばさんと思っていたらモニカ・ベルッチだったらしい。
製作国:イタリア/スイス/ドイツ
at ギンレイホール
監督のアリーチェ・ロルヴァケルは1981年生まれの女性監督。
って知ってびっくりした。
長編2作目にしておそろしい名作を作ったものだ。
舞台はイタリアトスカーナ。人里離れた土地で昔ながらの方法で養蜂を営む家族の物語。
たぶん息子が欲しかったのだろうが、4人の娘と両親の6人家族。プラスよくわからない居候の女性ココを含めれば7人。
長女のジェルソミーナ(マリア・アレクサンドラ・ルング)は12歳ながら父親の右腕として働いている。
ある日村にテレビ番組「ふしぎの国」のテレビクルーがやってきて、居合わせたジェルソミーナは司会者ミリーのきらびやかさに心惹かれていく。
食品衛生の基準に満たない作業所は改築を迫られ、ミツバチは隣の畑の除草剤によって全滅に追い込まれるという状況の中、この番組が伝統に則った生活を営む家族のコンテストを開くときき、ジェルソミーナは出演を希望するが父親は断固反対する。
『ブラス!』等々の最近のイギリス映画によくあるような田舎町のハッピーな成功譚ではない。
家父長制の家庭の中でテレビ番組や少年更生プログラムでやってきた少年等、外部から訪れる変化に敏感に反応して美しく揺れ動く、思春期のジェルソミーナの物語。
ジェルソミーナを溺愛しているが愛情表現の不器用な父親に触発されてか、とにかくジェルソミーナが愛しい。
ジェルソミーナの心の機微が暖かい陽光に照らされながら繊細に綴られていく。
導入からよくて、真っ暗闇に中に光が現れて、移動する光は二つになり四つになり、車のヘッドライトだと気づく頃にはなにごとかの事件の幕開けかと思う。
停車した車から降りてきた男たちは、「あんなところに家なんてあったか?」「昔からあるだろ」みたいな会話の後に家族が住む家の中にシーンが移る。
おもむろに起きだすジェルソミーナ。
しかし外の様子とはなんら関係なく、閉じた家の中では別の要素でにわかに騒がしくなる。
あと、ラストもまた秀逸なんだな。
あまり書けないけど、美しく儚い幻のような。。
司会者ミリーは誰だこのおばさんと思っていたらモニカ・ベルッチだったらしい。
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