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2007年5月19日土曜日

映画『恋や恋なすな恋』

1962年 監督:内田吐夢
BS2 録画


なんかぶっ飛んでる。
双子っていう最初の説明で一方が死ぬことはなんとなく予想されたが、その後の展開は全く予想外。
しょっぱなからコマ撮りや赤のフィルターで始まるが、まだ普通に見れる。
それが、唐突な拷問シーンあたりからぶっ飛んでくる。
女の苦しむ顔の突然のアップ。それも高貴な振る舞いで拷問なんていうものとは全く無縁と思われた女の。
杭で袖を地面に打ち付けられた女の傍に弓を引く男が立っていて、女の首は弓と弦の間に挟まっている。
男が体全体を使ってしなやかに空の矢をヒュンと放つと同時に女がうめく。
男はさも女なんか存在しないかのようにリズミカルに放ち続ける。
なんという侮辱とエロティシズム。
愛する者を失った阿倍保名(大川橋蔵)は発狂。
その後、作り物のいやにゆったりした動きで不気味な蝶が現れてから次の段階へ。
保名は想い人と同化して所作や喋り方が男だか女だか分からなくなる。
女形橋蔵が幻想的世界でその本領を発揮。
そっから先はもう誰も予想し得ない展開に。
「コーン」とでも言うかと思いきや普通に「じぃ~」って言うし、ぺろぺろぺろぺろや、あっと驚く舞台の早変わりや、ラストの歌舞伎舞台できりきり響く琵琶の音や・・・

大川橋蔵の魅力全開なのだが、相手役の瑳峨三智子も凄い。
美人ではないのだけど。
覗かれ見られることが幸せな生活の終わりを意味する状況で、幾度も覗かれ続けながらも気づかない振りして機織り続ける瑳峨の表情っていったらこっちまで泣きそうになる。
「くやしゅーございます」

人形浄瑠璃の『芦屋道満大内鑑』と清元の古典『保名狂乱』が元になっているらしい。
ストーリー的には主軸がさっぱりわからず中途半端に終わるためか興行的には惨敗だったとのこと。

2004年6月24日木曜日

映画『血槍富士』

1955年 監督:内田吐夢
BS2 録画


血槍富士

傑作。面白い。しかも泣ける。月形龍之介の見せ場で泣き、片岡千恵蔵の驚愕と絶望の表情に泣き、ラストで登場人物と一緒に泣き。
グランドホテル形式時代劇。
それぞれがある目的や理由を持って旅をしている。目的地は様々。身分も様々。たまたま方向が一緒だったため同じ道を歩き、たまたま同じ宿に泊まる。
「どこまで行くのですか?」「ああ、そうですか私もそうなんです。」「では一緒に行きましょう」なんて会話は交わされない。
本当にたまたま一緒だったというだけ。
それだけなのだが、各々の持つドラマがからみあい、「槍持ちなんかなるもんじゃねぇ!」という結論に至る話。

1999年に1度見ていて、印象に残っているシーンがいくつかあるものの、ストーリーがほとんど頭から抜けていた。
抜けていたどころか同じ年に見た『暴れん坊街道』のラストの展開とごっちゃになってさえいる始末。
記憶力がないっていうのはいつでも新鮮でいられていいね。

2004年6月5日土曜日

映画『浪花の恋の物語』

1959年 監督:内田吐夢
BS2 録画


「帰らしてもらえんやろか」
「わてでは いけまへんか?」

「わしはもう お前とははなれられんようになってしもうたわ」

「はよ家帰って素人はんのお井戸でもさすってなはれ」
「はははは」「へへへっへ」

「逃げ延びて あの世までも二人は一つ」

「わしの筆は そこまで不人情にはなれへん」

「死ぬる死ぬって勝手に死なれてたまるかい!!お前の体には!えいっ!金がかかってんねやで!」
「忠様とこ行きたい 忠様とこに行きたい! 忠様のとこにいかせてぇ~~」

近松「冥土の飛脚」。
映画見て泣いたのってほんと久しぶりだ。
後半それまで徹底的に傍観者であった近松門左衛門(片岡千恵蔵)が上記のセリフ「わしの筆は そこまで不人情にはなれへん」と言った時、千恵蔵の顔の漲る力に挿入されたどこまでも響き渡る拍子木の澄んだ音。ここで泣いたら以降はスイッチ入りっぱなし。

とにかく面白い。