2004年1月21日水曜日

今日の出来事

今、本社から離れて資本提携本の会社で作業をしている。といっても蒲田だが。
昼、どこかの店に入ろうと思う。結構腹減ったから。
散歩中に目星を付けていた住宅街のレストランに行くが、定休日らしく閉まっていた。
バス通りに出てどこかの中華料理屋に行くか、いつものようにコンビニにするか考えながらふらふら歩くと、天然酵母の店という文字が眼に入る。
パン屋だ。
よし、パン食おう。

店の中はこじんまりしている。
店のおばちゃんと買いに来たおばちゃんが世間話をしている。
なんかそれほどおいしそうじゃないなぁと思いつつパンを物色していると、壁にサインがかかっているのを見つける。
ぶらり途中下車の旅 阿藤快。
店のガラスにでっかい文字で書いてある天然酵母という文字にひかれて、なんだかなぁといいつつ阿藤さんも入ったのだろう。

かぼちゃあんぱんとマフィンとハムカツパンと揚げパンを買う。

会社に戻ってから、まず揚げパン。
かって~。
まぶしてある粉砂糖もなんだかべっとりしている。
でかいから半分くらいで飽きた。
次にハムカツパン。
衣がバリボリバリボリうるさい。
食うのに飽きて、後は残しておく。

夕方頃腹が減ってきたので、マフィンを食う。
これはかなり美味くてびっくりした。
甘さもちょうどいいしふわふわしているし。

22:00近くまで仕事して帰ろうとすると、今やってるプロジェクトの管理職の人と一緒に帰ることになる。
この人は蒲田の駅まで歩くが僕は自転車をこの会社に止めてある。
ちょうど本社に戻る用事もあったし報告もいくつかあるので一緒に蒲田駅に向かって歩く。
と、どういうわけか軽く焼肉屋で飲むことになる。

管理職の人は「夕方少し食べたからあまり食えない」と言ったが、がしがし焼いて食っていた。
僕は食い足りなかったけど、ビール2杯目を飲み終えたところで店を出る。30分程度しかいなかったか。
2人で5000円くらいで、おごりになるかなぁと思ったが1500円頂戴と言われる。
小銭がなくて2000円を渡そうとすると、「そんなにいらない、1000円でいい」ということになってちょっと得をする。

週間少年マガジンを買って帰る。
マガジンは毎週買って、一通り全部読んでいるのだけど、それほどどうしても読みたいってわけじゃないんだな。
むしろ立ち読みで済ましている週間少年ジャンプの方が生きがいになりつつある。
読むのが遅いので2時間くらい読んでいて、それからこたつを出る気になれずにそのまま寝る。

2004年1月20日火曜日

映画『疑惑の影』

1942年 監督:アルフレッド・ヒッチコック
BS2


疑惑の影

BS2で予告を見て面白そうだと思った『疑惑の影』。
アメリカの極一般的な家庭。そこで育った少女チャーリーは長年会わなかった若い叔父が家にやってきたことに歓喜する。
しかし、次第にニュースでやっている寡婦殺しの犯人がこの叔父ではないかという疑念にとらわれ始める。
果たして叔父は本当に殺人犯なのか?
っていうような紹介と、いくつか興味を引くシーンとで構成された予告編。

叔父は本当に犯人なのかなぁってわくわくするが、予告編で物語の2/3を見てしまったのではないかとも思って不安になりながら見始める。
いやぁ、取り越し苦労。抜群に面白い。
このしっかり踏みつけて進むテンポ、飽きない安定感、緊張感。
そしてなんともやるせない不思議な感情を呼び起こす。親の、姉妹の、親族の、人間の愛の映画。

2004年1月18日日曜日

映画『デブラ・ウィンガーを探して』

2002年 監督:ロザンナ・アークエット
at ギンレイホール


デブラ・ウィンガーを探して

ロザンナが仕事と家庭の両立について悩み、じゃあ他の女優に話を聞いてみようかっていうドキュメンタリー映画。
30人くらい女優が出てくるのだけど、半分くらいしか知らない。
そもそもロザンナ・アークエットは『ベイビー・イッツ・ユー』っていう映画しか見てないと思う。
知らなくてもまあそこそこ楽しめると思う。
インタビューの内容も仕事と家庭の両立だけに止まっていないからよかった。
それでも3回うとうと寝てしまった。
なんせ空席一つはさんで隣に座っていた男が足伸ばして豪快に上向いて寝てたからな。こっちも気兼ねなく寝れた。

『フリーダ』のサルマ・ハエックはやっぱり眉つながってないんだね。
ジェーンフォンダが映画の仕事でしか体験できないこととして、役になりきったとき他の共演者や監督、スタッフの全てと溶け合って一体になっている感覚に陥ると言う。その時はSEX以上の快感だそうだ。
演技の究極の形だな。ジェーンフォンダ、65歳。

映画『アダプテーション』

2002年 監督:スパイク・ジョーンズ
at ギンレイホール


アダプテーション DTSエディション

『マルコヴィッチの穴』の脚本家チャーリー・カウフマンが主人公。
僕はずっとチャーリー・カウフマン本人が主演を演じていると思ったのね。
どっかで見たことあるとは思いつつ、きっと雑誌かなんかで見たのだろうくらいにしか思わなかった。
映画の中にはチャーリー・カウフマンの弟も出演している。
そっくりじゃん!どっちがどっちだか分からん。
一卵性双生児らしい。なるほど~。
しっかしただの脚本家にしては二人ともちゃんと演技してるなぁと少々の疑念を抱きながらも見ていた。
ラストの方では双子の弟の方がびっくりなことになる。

と、その前にこの映画の大まかなストーリーを書いておこう。
チャーリー・カウフマンがスーザンというニューヨークタイムス紙の女性記者が書いたノンフィクションの脚色を依頼される。
さっそく取り掛かるものの、全く書けない。
脚本を書けないこの内省的で恋人とも今一歩踏み出せない男の苦悩と、少しずつ脚本化されていくスーザンのノンフィクションの世界が映画の中で交互に描かれる。
つまりノンフィクションの映画化だけじゃなくて、脚本作るときの脚本家の苦悩というか思いっきりカウフマンの私的都合の部分まで映画化されてしまっている、という映画。
結構構成が複雑で、一つまた一つと異なる時間軸が合わさっていく。

僕は実話だと思って見ていた。だからスーザンもノンフィクションに登場する情熱的な蘭コレクタージョン・ラロシュも全て実在の人物だと思っていた。
そう思ってラストの展開を真に受けたら、この映画は最かなりの衝撃作になる。だから結構パニくった。

そうこうしているうちに映画が終わり、ぽけーっとエンドクレジットを見ていたらチャーリー・カウフマンの役者がニコラスケイジになっているじゃないか!
ニコラスケイジって言われたら、どっからどう見てもあいつはニコラスケイジにしか見えない。
なんで気づかなかったのだろう。アハハ

しかも帰ってから調べたら、弟のドナルド・カウフマンっていうのは架空の人物らしい。
となるとスーザンもジョン・ラロシュも架空の人物だったか。
そうだよな~。
スーザンが映画プロデューサーに映画化の話を持ちかけられたとき、スーザンは非常に喜びながら「でもあたし映画の脚本は書いたことないわ」と言う。
プロデューサーは「もう脚本家は決まっています」と答える。確か。
このシーンを見ている時点では、もう脚本も映画も完成して、観客は今この映画を"見て"いる。
だから、ああ、あなたのノンフィクションはこんなサイドストーリーでしか描かれない映画になっていますよ、すいませんっていう気持ちになる。
脚本家チャーリー・カウフマンはスーザンの写真で自慰をしてしまうわ、マンションを双眼鏡で覗き見したり、ストーキングしたり、スーザンを嘘つき呼ばわりするわで、見ているこっちが罪悪感にとらわれるし、こんなの描いていいのかと疑問に思っていたけど、全て創作ならば納得がいく。
いや!・・・がびーん!
今気になって調べたらスーザンもジョン・ラロシュも実在しており、ノンフィクション『蘭に魅せられた男―驚くべき蘭コレクターの世界』も全米で大反響を呼んだ本らしい。
えっ!えっ!まじ!
うーん、よくスーザンはOKしたなぁ。

この映画は前情報なしで事実関係も知らないまま見たほうが面白いかもな。ってここまで書いてから言うのも何だけど。
主人公が成長していく話なんてくだらない、カーチェイスなんかもいれたくない!って言っていた(脚本上わざと言わせた?)カウフマンが結局どういうストーリーを書いたのか(どういう目にあったか?)を楽しみに見るのもいいかもしれない。

どっからどこまでが、どの部分が事実なのか?を例え予備知識があっても巧みに目くらましをする。
全て事実だと思って見ていれば僕のように罪悪感に捕らえられたりびっくりしたりするだろうし、全て虚飾だと思って見ればそれはそれで違った感じ方もするだろう。
実際には事実と虚飾が入れ子になっている。
ストーリーはシンプルでいいんだ!ってカウフマンが映画の中で言っていた気がするが、事実もセリフも存在も原作もなにもかも1回以上否定する上、嘘と事実で複雑に入り組んだ構成を作り上げているが、でも結局この映画で表現していることはいたってシンプル。
このシンプルな主張を入り組んだ迷路(その迷路は複雑だけど誰でもゴールにたどり着く)のゴール地点に置く、ってなんていやらしいやつだ!って思うか、その遊び心ににやっとするか。
僕はこの映画面白かったけど少し疲労した。
僕は頭を出来るだけ使わないで済む映画が好きだから、頭を使うと疲れる。

ちなみにキャサリン・キーナーがちょびっと出ている。
カウフマンの恋人アメリア(カーラ・セイモア)がかわいい。
スーザン・オーリアン役にメリル・ストリープ。笑いとすれすれの女の怖さの演じ方が凄い。
ジョン・ラロシュ役にクリス・クーパー。
後は略。

2004年1月12日月曜日

映画『シェフと素顔と、おいしい時間』

2002年 監督:ダニエル・トンプソン
at ギンレイホール


シェフと素顔と、おいしい時間

ラブコメディ。
面白いよ。
ベッドシーンでは脱がないのに、なんでもない(なんでもなくはないが・・・)シーンで普通に乳首やケツ出してんだよ。ジュリエット・ビノシュが。

映画『シモーヌ』

2002年 監督:アンドリュー・ニコル
at ギンレイホール


シモーヌ デラックス版

一体どこでどう人生を誤ったか、16:20から上映と思って5分前に劇場に行ったのだけど、もう始まっているじゃない。16:00開演だったらしい。
祝日で混んでるし、後ろで立ち見をする。
疲れた~。
壁に寄りかかろうとした時にゴミ箱を蹴っ飛ばしちゃって、近くで立ち見していた人が振り向いて俺を10秒くらい凝視してきた。
そんなに見ることないじゃん・・・ぶひ。

映画のほうは、タランスキーというタランティーノとポランスキーを足して割ったような名前の映画監督が主人公。
あるきっかけで、監督作の主演にCG女優シモーヌを起用することになる。
CGだということがばれないか、薄氷を踏む思いの監督とは裏腹に、シモーヌの美貌と演技が大絶賛されることにより巻き起こるどたばたコメディー。
まあストーリーで面白く見れる。
悪戯に人生をかけるほど面白いことはないだろうな。悪戯っていってもばれても笑い飛ばせるようなものね。そこがむずい。

タランスキー(アルパチーノ)の妻役の女優がキャサリン・キーナー。
『リアルブロンド』で大人の30女をキュートに演じていた女優。
えっ!現在もう40過ぎてんじゃん。
マシュー・モディーンの恋人役だったのに今じゃアルパチーノの奥さん役か。

2004年1月10日土曜日

まんが喫茶

久しぶりにまんが喫茶に行ってみる。

でも特に読みたいものもなくて、プロレス雑誌を読む。
それからふらふら物色していると、新井英樹『シュガー』の6巻があったので読む。
脳みそぐるぐる回転させながら思考と口が直結した天才少年の話。

『シュガー』読んで少し爽やかな気持ちになった後、また店内をふらふらする。
『いちご100%』という漫画があった。週間少年ジャンプに連載されていて、最近読み始めている。
この際1巻から読んでみようと思って読む。
そっか、いちごパンツから始まったからいちご100%なのか。
ありえないくらい可愛い女の子から、それも1人じゃなくて3人、いや4人から思いを寄せられウハウハの高校生が主人公。
学園恋愛物。
7巻まで読んでちょっとブルーになる。
つまんなかったわけじゃなくて、ありえねーって思いつつ結構つぼ突付いてくるからはまってしまった。そんな自分にブルーになる。
主人公っていうのが映画監督を夢見ている男の子なんだけど、運動神経がなく頭も悪いし容姿もそんなに良くない。
ただ、女の子に優しくて少し真面目なやつなんだな。
かっこいい男で女の子に持てまくる奴っていうのも作品中に出てくるのだけど、本当にかわいい女の子の心はみんな主人公が一人でかっさらう。
もてないやつがもてているって設定が、この理想のハーレム状態に自分も成れるのではないかと錯覚を起こすけど、現実においては奇跡的な夢でしかない。
高校生のときにもし読んだなら、多分俺は「よっしゃ!明日からenjoyだぜ!」と意気込んで登校し、その日に肩を落として帰宅するんだ!まぁちがいない!
とか、たとえ一時でも現実とのギャップを考えてしまうほどはまってしまった自分が悲しい深夜5時。
でも、どんな結果になるにしろ楽しくハッピーに生きたいものだ。若いっていいね。フレッシュ!

続けてこれも最近週間少年ジャンプで読み出した『BLEACH』を読む。
途中2冊どっかいっててなかったので話がよく分からなくなる。
最初は格闘漫画ってわけじゃなかったんだねぇ。
霊感の強い高校生がひょんなことから死神になって、悪霊と戦うって漫画。悪霊のひとつひとつにドラマが設定されていて4話くらいで一つのストーリーが完結する。で、なんだかんだで気づいたら死神同士で殺し合いする格闘漫画。
幽遊白書みたいだな。

朝の9時を回ったところで帰って寝る。ぐぴー。

2004年1月7日水曜日

映画『素晴らしき放浪者』

1932年 監督:ジャン・ルノワール
BS2録画ビデオ


素晴らしき放浪者

面白いんだか面白くないんだか分かんないくらい面白かった。
ある程度面白いと「まじおもしれえ」とか思うのだけど、さらに上のレベルに行くと「面白い」とかいう表現を超える。
感動したとかそういう訳じゃないんだよな。面白い、ってことなんだけど普通に「面白い」と言いたくないような面白さ…あっ、やっぱ面白いとかいう表現使ってしまうなぁ。なんかいい表現ないかなぁ。

放浪者が川で溺れる。男が一人命がけで飛び込み、放浪者を救う。
放浪者は命を救われた上、命を救ってくれたこのブルジョワ男性の家にお世話になる。
ブルジョワ男性の家にはその妻と女中が住んでいる。この3人と放浪者とは生きてきた世界が違う。
放浪者という異質の存在が家の中に割り込んでくることにより巻き起こるドラマ。
人を思いやる精神、助け合う精神の素晴らしさを教えてくれるハートフルドラマ。
・・・では全くないのだな。

髭ぼうぼうの放浪者が公園の木陰で黒い犬と優しく戯れていたり、命を救ってくれた男性からサイズぴったりの上等な服を買って貰ったり、飯を振舞われたり、さ。
って部分だけ取り出してみればやっぱり自由で純粋な心優しき放浪者とそんな彼に優しく接する紳士の温かい交流が描かれているんじゃない、と誤解を招きそうなところ。
全然違うから。
だってブルジョワは所詮ブルジョワなんだから浮浪者に親切にするのは高慢な偽善的ポーズでしかないし、浮浪者は所詮浮浪者で自由すぎて自由すぎて規律も礼儀もないんだから。

この映画は予測不能な展開に一瞬で無音の思考静止時間が作り出されたかと思えば、えー!って思わず笑ってしまう展開になったり、とにかく刺激的。

誰が下品で誰が上品か。人に対してどういう態度をとるのがいい人間なのか。いい人間、悪い人間ってなにか。どう生きれば人は幸せになるのか。人間的な生き方とはどんなものなのか。等々疑問を投げかけているというよりも、価値観が否定されながら放浪し続けている世界が粛然としてただある。

この映画、素晴らしいって言えばいいのかな。いや、やだな。
好きです、って言っておこう。

2004年1月3日土曜日

映画『怪獣大決戦 ヤンガリー』

2000年 監督:シム・ヒョンレ
テレビ録画ビデオ


怪獣大決戦ヤンガリー

新年一発目。
期待以上にひどかった。韓国とアメリカの合作。
ひどすぎてひどすぎて面白いっていうならいいのだがやっぱりただ「面白くない」ってところで留まる。

韓国映画史上破格の約12億円の巨費を投じて作成。しかもその後監督がSFXに不満を持ち、アメリカでさらに3億円を投じてCGをバージョンアップしたとのこと。
CGがこれまたちゃっちくて、重さが全くない上に怪獣の動きが安いゲームの怪獣のような動きをする。

登場人物が面白いくらいにプロトタイプで薄っぺらなのね。これがまた。
ヒロインも微妙にかわいくないし。

脚本も、なぜ?どういうこと?おい!、っていうのがてんこもり。
ああ、きっとテレビ放送用にカットされているのだな、うん。

出演者はアメリカ人じゃなくて韓国人にしてほしかったな。
吹き替え版だったというのもチープさに拍車をかける。

たぶんくだらない映画として笑って見るものだと思うのだけど、声に出して笑ってしまったのは以下のシーンのみ。
現れた怪獣を見て軍の高官は言った。
「あれより醜いのはうちの女房くらいだ」
って文で書くと全然面白くねー!

つっこむのが好きな人は見ればいいと思う。

デジ

紙パックコレクション
あけましておめでとうございます。今年もよろしく。

昨日デジカメが届いた。Xacti DSC-J2。
ポケットに入れて気軽に持ち運びたいのだが、大きさとしてはぎりぎりセーフくらいか。
ファインダーで覗いて撮った写真を見ると、ファインダーで覗いていたときは写っていなかった範囲まで写る。上下左右で。
困るなぁ。画面に入らないようにして写した部分が「なんでオレをカットするのさ」って言って割り込んでくる。
液晶使って写す分には問題ないけど、あまり液晶使いたくないんだよなぁ。