2009年4月8日水曜日

平泉(二日目:平泉)

平泉へ


宿で朝飯食って出発。
7時起きでゆっくりしてから出発したから8時半頃かな。
どうしようか迷ったけどリュックは置きっぱなしにして手ぶらで。
平泉方面に行く列車が止まっていたので乗り込もうとしたのだけどドアが開いていない。
ドアの横にボタンが付いていて押さないと開かないらしい。
押して入って座る。
暫くしてドア付近の席で新聞読んでいたおっさんが開きっぱなしのドアをボタン押して閉める。
開いたら閉めなきゃいけなかったらしい。
東北地方で寒いから無駄にドア開けないようにこういう方式なのかねぇ。
そして悲しいことに全車両ロングシート。

前の席の人には申し訳ないがぼーっと前の人の頭上から見える窓の外を眺める。
河川の土手みたいな盛り上がりが延々と景色をふさいでいるのを見て嫌になって寝る。

平泉到着。
なんか一ノ関と雰囲気が違う。
晴天のせいもあるけど町並みが非常に美しい。
まずは毛越寺までのんびり歩いていく。



毛越寺


入ってまずびっくりするのは植わっている木がどれも凄いところ。




本道の右側に広がる広大な庭園が見所になっている。
ああ、ここ凄い落ち着く。
午前の柔らかな陽光が緑と池の水に映え、時折涼やかな風が体を通り抜ける。
写真を結構撮ったのだけど緑の色が上手く出ていないなぁ。
爽やかだったはずなのにどこか侘しい雰囲気。






途中で日陰にある灰色の石造を写したらあまりに見た目の色と違うのでホワイトバランスを設定しなおす。
光源により色が変わるのは分かるけど、日陰、日向や陽の強さでも変わるのね。
昨日の設定で写すと色が赤茶ける。
写真難しいな。
なにも、作品を撮りたいとかいう訳じゃなくて、記憶の補助として見たままの色を可能な限り再現して写したいだけなんだけど、それが難しい。
ホワイトバランスを設定しなおすと少しはましになるけどまだ微妙。
何か悩んできたのでホワイトバランスをAUTOにして写して比較してみたら明らかにマニュアル設定したほうがましだったので少し気がまぎれる。


 マニュアル設定


 AUTO

あと、日陰部分がどうしても暗くなるので露出補正して撮り直したりしていたのだけど、暗いからといって露出補正はしない方がいいのかな。
+に補正して写した写真は日陰部分はよく写り色合いもよくなるのだけど、陽光が当たっている部分は逆に白っぽくなり、明るい空の色は白飛びする。
暗いところに強ければいいのだけど。
明暗のコントラストの一方を取ると一方の色が死ぬ。
ISOを上げれば少し変わるのかなぁ。今度やってみよう。


前のカメラは夜でも肉眼で数メートル先が見えるくらいの明るさがあればフラッシュ無しでも撮影できていて、何が違うのだろうと調べてみると、2001年当時CCDが1/1.8インチという大型のために少し注目された機種だったらしい。F2.8~4.8。現カメラは1/2.3型、F3.3~F5.2。いろいろ調べていると面白いな。コンデジ毎に個性があって。
いつも設定いじらずオートで撮影していたから気にしなかったけど今のカメラの特徴を利用していっぱい撮影したくなってきた。
雰囲気優先で考えて撮ると面白くなるかも。
あと、調べているとファームウェアが既に3回くらいバージョンアップしていて、そのうちの一つに「ホワイトバランスの精度を向上しました」という更新があるのでさっそく入れてみた。
今度外で撮ってみよう。


観自在王院跡



「跡」だね。



広い。
何も無い。
跡と言えば毛越寺だってほとんど跡と復元だったのだけど。



to中尊寺


結構距離ありそうな気もしたけど金鶏山の麓にある義経の墓も見てみたいしということで歩いて中尊寺まで行くことにする。
げげ、上り坂。
上っていくと右手に熊野三社という神社がある。
なにやら工事中みたいだけど入ってみる。
普通の神社。

熊野三社を出たところで平泉駅で取って来たガイドマップのチラシに載っている地図を見てみると、金鶏山の入り口をとっくに通り過ぎている。
どうしよう。
緩やかとはいえ上り坂をここまで上ってきたのに引き返してまた戻ってくるのも嫌だな。
でも墓が・・・
とはいえたかが墓だぜ・・・
本物かどうかも分からないしどんなに立派だったとしても何も面白くないだろうし。
あれこれ考えるのも面倒なので来た道をすたすた下ることにする。



写真の奥に見える鳥居が金鶏山の入り口。
藤原秀衡の時代に一晩で築き上げられたと伝えられているらしい。
造り山とも呼ばれる。
頂上にはかつて複数の経塚があったという信仰の山。



墓。
義経の墓じゃなくて「義経妻子の墓」だった。

せっかくなので金鶏山に登ってみる。




写真撮ったら全然分からない写りになっちゃったけど、傾斜40度はあるんじゃないかと思うくらいの急勾配。



写真撮っているときによろけてかなり危ない思いをした。
急勾配なのでまっすぐ立つのもおぼつかない。
こけたら死なないまでも間違いなく重傷を負う。
上りより下りが怖い。
落ち葉は掃かれているものの多少はやっぱり道の上に落ち葉が落ちていて、滑ったら下る勢いでそのまま転げ落ちそう。

中尊寺


入り口付近にどでかい弁慶の墓。




また上り坂。
上る。料金所はどこだろうと疑問に思いながら。

今まで行ったところは誰もいないか老夫婦がいるか暇な学生カップルがいるかおばちゃんがいるかと、ほとんど人を見なかったのだけど、さすが中尊寺、坂を上っているといろんな集団とすれ違う。
ツアーの団体客が多いみたい。8割方外国の人達。


本堂。明治42年再建。

金色堂から拝観料を取るらしい。
チケットを購入後に指示された方へ行くと讃衡蔵への入り口となる。
讃衡蔵っていうのは重要文化財が展示された宝物館。
入っていきなり巨大な仏像3体と対面するのでびっくりする。
結構たくさんあって興福寺の国宝館にも劣らない見応えがある。

讃衡蔵を出ると金色堂。
金色堂は風雨から守るために鉄筋コンクリート造りの覆堂の中でさらにガラスケースに保護された状態になっている。
ガラスケースの中の金ぴかの小さなお堂。
建物内には案内ボイスが流れる。
雰囲気は皆無だけど、金色堂自体はなかなか不思議な空気を放つ。
4本の柱に施されている夜光貝の螺鈿細工等々、その細かさがのっぺりした金箔との対比で面白い。
西北壇の仏像は世田谷美術館に行っているらしく、向かって右側の空間にぽっかり穴が開いている。
そのアンバランスも悪くは無いけど詰まりに詰まった密度の高い金色堂も見たかったな。

暫く見た後に外にでる。
経蔵を過ぎると有料地帯終了。

境内はまだ広い。
旧覆堂やら白山神社やらを見た後に引き返す。

引き返す途中で讃衡蔵に入っていく若い女の子二人が見える。
女の子同士での旅行者はどこいっても良く見かけるはずなのに、今回はこれが初めての目撃だったな。

以下、適当に境内の写真をUP。



腹が減った。
もうすぐ14時。
確か中尊寺の境内に入ってすぐのところに食事処があったはずと思って下っていく。
わんこそばか。
メニュー見るといろいろあるけど微妙に高いのでスルー。
月見坂という坂をがしがし下っていたら入った時と違う場所に出る。
そこは駐車場で、飯の店が2,3件見える。
近づいてみると店先に店員らしいおばちゃんがいて、「飯はお済ですか?」と言うので「まだです」と言って、蕎麦屋だったけど腹も減ったしその流れで店に入る。
隣の店もおばちゃんが店先に出ていて、なんだか悔しそうな目でこちらを見ていた。
メニューを見ると、一関で食った蕎麦屋よりか100円程度安め。
とろろ蕎麦を食べたいと思いつつも弁慶うどんというのが気になる。
うーん。この地方の名物が何か知らないのだけど、こっち来てからまだ名物らしきものを食べていない。
悩んでいるとお決まりですか?とせかされるので、えいやっと弁慶うどんを頼み、ついでにきりたんぽも頼む。
弁慶うどん。
なるほど、餅が入って・・・力うどんだね。
とろろ蕎麦にすればよかった。
あまり食ってないのに普通に千円オーバー。
観光スポットで飯を食べるもんじゃないと勉強。

駐車場から蝋人形館に行くエスカレーターがあった。
蝋人形見てもなぁと思って入らなかったのだけど、後で調べてみたところ、実はここはかなり面白いスポットだったらしい。
ちょっと後悔。

高館義経堂


だいたいメインは見終わった。
後は平泉の駅までの道に点在する観光スポットを見て回ろうと思ってまずは高館義経堂。
義経が自刃した場所らしい。

拝観受付に近づくと、電話中(内容的に私用っぽい)のおっさんが話し相手に「ちょっと待ってな」と言って僕に拝観券を渡した後、再び話に没頭する。


階段の先に見えるのが義経堂。


本尊は木造の義経。
滅茶苦茶最近に作られたんじゃねえの?って思うけど製作は江戸時代らしい。
保存状態がいいってことか。


北上川。

義経堂の傍に小さな資料館がある。



これは怖い。
終始見られている感じ。
でもかなり間近で見れる。


展望。

芭蕉の句碑を見るともう見るところが無くなる。
とりあえず煙草を一服してから出る。

無量光院跡


次に無量光院跡を目指して歩く。
なんか空き地があるなと思って横目で見ながら歩いていたらそこが無量光院跡だった。




よく知らないで無量光院跡の中を歩き回ったのだけど、今は水田になっているらしい。
人んちの水田を土足でげしげし歩き回っていたわけだ。
農作業のおばちゃんが一人木陰で休憩を取っていた。

柳之御所跡


ここもまた「跡」。



立ち入り禁止になっていて中には入れない。
しょうがないので近くにある柳之御所資料館に行ってみる。
無料みたい。
入ると受付のおばさんが展示場にあるビデオだかDVDだかを再生しにいって、僕のために準備してくれる。
まだ15時くらいなのにこの後の予定が無いためのんびり見る。
最後にさっきおばさんが再生してくれたDVDの上映場所まで来て、とくに見る気もなかったけどソファーに座って眺める。
金色堂の解体修復作業の映像っぽい。
もう最後のほうだったらしく見始めて1,2分で終わる。
するとさっきのおばさんが来て「最初から再生しましょうか?」と親切にも聞いてくるので丁重にお断りして館を出る。

柳之御所跡にどこかから入れないのかなと思って柳之御所跡沿いを暫く歩いてみたけど、段々どうでもよくなってきて引き返す。

平泉 to 一ノ関


これからどうしようと思いながら歩いているとあっという間に平泉駅に到着。
毛越寺の横の観自在王院跡までもう一回行って寛いでいようかとも思ったけど、疲れたので一ノ関まで戻ることにする。
駅を見渡すと券売機が目に入らなかったので窓口行って「一ノ関まで下さい」と言うと、何やら作業中だった駅員が手を休めてこちらを見た後、「一ノ関までならそちらの券売機で購入できますのでご利用ください」と言って再び作業に没頭する。
指された方を見るとちゃんと券売機が一つあった。
切符を買って電車が来るまで待つ。
1時簡に一本くらいで、次が来るまで40分くらいある。
煙草吸ったりCOLDと間違えて買ったHOTコーヒーを飲んだり、撮った写真を見たりしてなんとか時間を潰す。
今日はたった1日で平泉の主要スポットを全部見るから効率よく回らないと時間が無くなると思っていたけど、なんだよ、足りないどころか余裕で東京に帰れるじゃん。

電車がやってきて一ノ関へ。

釣山公園


一ノ関に着いて普通に西口に出た後、そういえば一ノ関駅の反対側って何があるのだろう、もしかして滅茶苦茶栄えているかも、と思って行ってみることにする。
駅の周りをうろうろしたけど反対側に行く通路が見当たらない。
しょうがないので線路沿いにしばらく歩いてみると跨線橋が見えたので渡って反対側に行って駅まで戻ってみる。

まあ大体予想は付いていたけど、何もない。
でっかいNECの工場らしきものしか見当たらない。
新幹線の線路を跨いでJRの駅に延びる跨線橋が見えたので行ってみる。
駅の反対側に行くのに今来た道のような遠回りをしなきゃ行けないなんてことはそりゃ無いよな。
この跨線橋で西口に戻れると思っていたけどどうも突き当りがJRの改札になっているっぽい。
高校生らしき学ランの少年が駅員と何やら話している。
「じゃあここから反対側には行けないんですね」
「反対側行くならそこの道をまっすぐ行くと富士通の会社があるのでそこを曲がると橋があるから・・・」
と僕が今渡ってきた橋への順路を駅員が説明している。
「そうなんですか。ありがとうございます」
と少年が嫌にはきはきした声で言った後に歩き出すのでなんとなく付いていく。
が、あまりに少年の足が速くてあっという間に見えなくなる。
あの少年は入学式を終えたばかりなのかな。

橋を渡って西側に戻ると、そういえば少し釣山公園に近いところにいることに気づく。
釣山公園は明日の午前中に見てから東京に帰ろうと思っていたけど、17時くらいでまだ少しは日没まで時間があるので今見てしまおうと思って歩き出す。

昨日行った釣山公園の入り口まではちょっと遠い。でも昨日の入り口と反対側の場所にも絶対釣山公園に入れる場所があるはずで、反対側なら少し近い。
入り口の当たりを付けて歩いていると、八幡神社への参道の階段があるので上っていく。
ああ、脚痛い。
ジョギングのおっさんとすれ違いながら八幡神社に到着。


何もないーですよ

行き止まりだし。
上っている途中で脇道があったので行ってみる。
正面のずっと先に犬を連れたおばさんが向かってくるのが見える。
おばさんは立ち止まった後に引き返していく。
何やら僕を見て引き返したみたい。
ここは犬の散歩禁止地帯だったからかなぁ。

行き止まりかと思いきや進めたりっていうのを繰り返しているうちに釣山公園内に入れているっぽい。



これは上る気しない。でも上ってみる。


なんだここは。田村神社。
岩手日日新聞の写真を見ると物凄く綺麗。


この提灯は桜が満開になる前の準備かねぇ。
それにしてもこの階段の石の部分があまりに不規則にでこぼこのため足をくじいてこける確立が高いと思われる。
こんなにいじわるな階段もめずらしい。


磐井川?


滑ろうかと思ったけどケツが汚れそうなのでやめる。
あまりに角度がきついので立ったまま降りる事もできなさそうなので普通に脇の階段を下りる。


ああ、ここか、昨日の夜に来たのは。
確かに芝生の部分とアスファルトの部分に分かれている。



一部の桜は咲いている。


月、だっけ。18時5分。

昨日来た公園入り口まで到着。
公園全体図を見るとまだ行ってない箇所が結構ある。
この公園は広い上に分かれ道も多くてどの道がどこに繋がっているのかさっぱり分からない。
昨日のあの何も見えない夜にこの公園の奥まで立ち入らないで本当によかった。
もっと進んでいれば迷子になった上、人を転ばすために作ったとしか思えないあの階段でこけて大怪我していたに違いない。

全体図を見ていると日本庭園と書いてある場所があって、お、行ってみようかなと思ったらそういえばさっき通り過ぎたなんかちゃっちくて汚い池がある場所がそうだったと気づいてやめる。
他、まだ行ってない場所をつらつら目星付けて登ってみる。

ジョギングしている人を2,3人見かける。
どの人も特定のポイント内だけで往復していてコースが一切かぶらない。
それぞれのテリトリーがあるんだね。

寂しい道路沿いを歩くよりかはましなので釣山公園内を通ってさっきの八幡神社まで戻ろうと思う。
あ、この道はどこに繋がっているのだろうと思って寄り道したりしていたら結構暗くなっていることに気づく。
急いで進む。
なんかどこ歩いているのだか分からなくなる。
暗いし坂が急になってくる、と思ったら間もなくアスファルトに出る。
どこだここ、と思って見渡すと、昨日私道だと思って引き返したあの場所だ。
怪しい獣道だと思っていたところから出てきたらしい。
まあとりあえず安心して車道に出て駅まで戻る。

夕飯


よくよく考えると岩手で食べる最後の飯だ。
まだ名物らしきものを食べていない。
ソースカツ丼が気になりつつも一関名物という旗が出ていた店も気になる。
他にも何かないかと適当に歩いてみる。
歩きながらふと喫茶ベイシーまで行ってみようと思いついて行ってみる。
結構遠い。


喫茶ベイシー
フラッシュたかなかったの何も写ってません。

もう疲れたので一関名物という旗が出ている店に決める。
店先のメニューを見るとやっぱり安くても1500円からになっているけどまあいいや。
入るとカウンターでも座席でもと言われてカウンターと座席を見ると誰もいない。
なんとなくカウンターに座る。
奥の座席か二階?か分からないけど、会社員風の集団が近くで宴会しているらしき騒ぎ声が聞こえる。
メニューを見ていると、なんだか飯だけ食べるようなところじゃない気がしてくる。
ということで「ふじせい餅膳」と日本酒1合を頼む。
一関は餅が名物らしい。
昔は高価なもち米を使用できなかったため、ごまや海老や納豆などなどをからませておいしく食べる工夫をしていたとのこと。
その代表的な8種類の餅をひと口サイズで楽しめるのが「ひと口もち膳」。
かなりおいしかったな。
量は見た目少ないけど餅なので腹8分くらいにはなる。雑煮も付いているので。
一通り食べ終えて、店主と少し話ししてから出る。
(※ああ、会計時は気づかなかったけど今レシート見たらお通しでさらに420円プラスされてる)

ホテルに戻ってロビーのパソコンで明日の帰るルートを下調べしてから寝る。

2009年4月7日火曜日

平泉(一日目:一関)

(以下、個人的記録のため、書いている内容に取捨選択という概念は無い)

新幹線


昨日日本酒を何杯も飲んだせいか、3時頃にぱっちり目が覚める。
ぐっすり寝た気もするが4時間しか寝ていない。
もう少し寝ておいた方がいい。
強引に二度寝を何度も繰り返し7時頃に起床。
飯食って荷物の準備。
東京は暖かいけど岩手は絶対寒いはずと思って予備の厚手の上着をリュックに詰めたりしたら結構な大きさの荷物になる。
まあしょうがない。
8時半頃出発。

東京駅で新幹線のホームに上がるとちょうどあと2分くらいで発車する新幹線が止まっている。
自由席の喫煙車両を探して1号車まで歩いていって喫煙車両が無いことに愕然としたところでベルが鳴り、1号車に乗り込む。
全然混んでいなかったので一つの列に一人で座れる。

窓側の席に座りさえすれば何時間でも電車に乗っていられる人だったのだけど、今回はなんか少し苦痛に感じる。
どういうわけか外の景色が面白くない。
寂れているというか中途半端に人工的というか。
仙台を過ぎたあたりからやっと景色が面白くなってくるのだけど、仙台過ぎれば間もなく一ノ関に到着。
ちょうど昼くらい。

一ノ関駅


ホームでひとまず一服。
そして普段はかけていない眼鏡装着。
改札出て観光のパンフレットを探す。
事前に調べて目をつけていた厳美渓の案内チラシがあったので一枚取ったけど、他に案内チラシは見つからず。
駅前のバス停で厳美渓に行くバスの時刻表を見ると40分間隔くらいで走っていて、あと10分くらいでバスが来る。
待とうかとも思ったけど腹も減ってきたので昼飯食うところを探して駅前をふらふら歩いてみる。
雨がぱらぱら降ってくる。
栄えた商店街があるわけでもなく、歩いたところで何か見つかる気もしなかったので普通の蕎麦屋に入ってきつね蕎麦を食う。
900円くらい。
食い始めた頃にバックパッカーみたいな格好の若者が一人入ってきてきつね蕎麦より高いとろろ蕎麦を頼んでいた。

店を出てふと思い出して1枚目。一ノ関駅。

一ノ関駅

次のバスまで20分くらいあるので駅前の観光案内板を見たりして時間を潰す。
案内板にはたくさん観光場所が書かれているけど、どれも道路上にぽつんと立てられた記念の石碑などが多い感じであまり見る気がしない。
雨もそこそこ強くなってきたので歩き回る気力も無くタバコすったりしてぼーっとする。
気づいたら先ほどの蕎麦屋にいた青年が厳美渓行きのバス停の先頭に並んでいる。
バスが来る時間が近づいたので、青年を先頭にして後続に婆さん達が5,6人並ぶ列の最後尾に付くと、暫くしてバスがやってくる。
バスは道路沿いに並んだ列の先頭ではなく、最後尾の僕よりさらに後ろの方で停車して人が降りていく。
なんだこれ、人を降ろした後で前に進んでくるのかなと思って待っていると、どこかから現れた爺さんが運転手になにやら話しかけ、後部ドアが開いて爺さん、続いてこれまたどこかから現れた親子連れが乗り込んでいく。
バスの横まで移動してバス側面に表示されている停車駅を見てみると「厳美渓」の文字が見えたので僕も乗り込む。
どうやら並ぶ列を間違えていたらしく、並んでいた列の人たちは誰一人乗り込んでこない。
あの人たちはどこに行くつもりなのだろう。
青年もなにやら本らしきものを必死に見つめていてこっちのバスを見向きもしない。
バス停が8,9個ある中で唯一列を成しているバス停、といったら中尊寺行きのバス停なのかなぁ。
程なくバスが発車。

厳美渓


20分くらい乗っていたかな。
人はどんどん降りていくしなかなか着かないし気づいたらどんどん運賃が上昇しているしでかなり不安になったのだけどなんとか厳美渓に到着。
まだ灰色の雲が出ているがいい具合に雨もあがって雲の途切れ目から日が射し始める。

厳美渓は全長2Kくらいあるらしいのだけど、今はどうもその真ん中あたりにいるらしい。
右に行くか左に行くか。
こんなときこそモバイルGoogleマップだぜっと思って携帯を取り出すとメールの着信が2件ある。
うち1件は会社の後輩からで、うちの会社が休業宣言したとのこと。
よく意味が分からないのでやりとりしていると、仕事の無い人は休業扱いとして給料は8割支給という形になるらしい。
いやー、仕事しないで8割貰えるなんて願ったりかなったりだなぁ。
戻ったらさっそく立候補しよう。

厳美渓にかかった天工橋という橋を渡る。
右側を見ると東屋周辺に若者から中年、年寄りまでの正体不明の集団が20人くらいでがやがやしていたので橋を渡って左側を歩いてみる。

天工橋からレストハウスに向かって左
左側。奥に見えるのが御覧場橋。

ちょっと歩いただけでたぶん厳美渓の一番の観光ポイントと思われる御覧場橋という吊り橋にたどり着く。
ぎしぎし結構揺れる。
橋の真ん中で暫し観覧。


天工橋方向


天工橋と反対方向

桜が満開のときは「お見事」な景色らしい。
でも今はほとんど咲いて無いな。
空も全体に雲が薄く膜をはって日の光を弱めているし。
つまりなんか寂しい雰囲気。
険しい山の中にある渓谷ではなくて、渓谷の脇には住居や店が並んでいるというところもなんか東京近辺でも見れそうな景色。
吊り橋の上で景色を眺めたり写真を撮ったりしていると、突然橋がぎしぎし揺れだす。
ちょうどカメラを構えていたところで危うく落ちそうになる。
横を見るとヤンキー風カップルが吊り橋を渡り始めたところだった。
必要以上に吊り橋を踏みしめて揺らして歩いていく。
女の方はホットパンツをはいて素足を丸出しにしていたのだけど、太い、短い、ぼこぼこしている、でちょっとびっくりしたな。
ホットパンツって相当脚に自信ないと履けないもんだと思っていたのだけど。

カップルが通り過ぎてから僕も渡り終え、そのまま天工橋と反対方面に進んでみると水辺近くまで降りれた。



道路沿いに天工橋まで戻る途中、温泉神社という神社があったので入ってみる。
「馬」がいたから写真撮ってみたのだけど見た目の色と写真の色が全然異なる。
今のRICOHのR8というカメラは確か1年くらい前に買ったのだけどそれまで使っていたSANYOの二機種に比べるとオート撮影の色合いが青白くなりすぎて好みじゃないと思ってあまり使っていなかった。
その後、初心者用オプションと思われる「色の濃さ」設定を「薄い」、「シャープネス」設定を「ソフト」にすると少しだけましになったので、あまり気にしないようにしていたけど、馬はあまりに色が違いすぎるのでちょっと頑張ってみる。
ホワイトバランスの調整は撮った後なら細かく調整できるけど、撮る前は調整できない模様。
ホワイトバランスのマニュアル設定はあるけど使い方がわからんと思ってうなっているとふと思い出した。
ホワイトバランスのマニュアル設定は白い紙とかを写して白色をセットするって説明書に書いてあった気がする。
周りを見ると白い案内用の角柱があったのでさっそくマニュアル設定して再度撮影すると大分色合いが変わる。
ただ、今度は違った方向に色が変わった気がするけど元よりかは少しだけ実際の見た目の色に近くなった、気がする。(実際の色がどんなだったかはもう忘れた)


ついでに温泉神社の写真。


天工橋まで戻ると、まだ東屋付近に謎の集団がたむろしている。
ああ、本当に謎の集団だ。大学のサークルなのかと思いきやおばちゃんとかじいさんとかもいっぱい混じっているし。
集団からちょっと離れたところで景色を眺める。



ズームで撮ると大自然の中にあるように見えなくも無い。


達谷窟


厳美渓はもういいやと思って達谷窟に行くことにする。
事前調査によると厳美渓から達谷窟を通って中尊寺まで行くバスが走っているはず。
それらしいバス停に行くと、時刻表の部分に貼り紙があり2008年11月で終了しました書いてある。
なにー、不況のせい?
バスで行けなかったら車持って無い人はどうやって行くのさ。
(※後で調べたところ、終了とは2008年の運行は終了したということで2009年は4月18日から運行開始するらしい。今はまだ観光時期ではなかったということか。)
達谷窟は是非行っておきたいのだけどな。
明日は平泉巡りで忙しそうだから厳美渓まで来た今行っておきたい。
Googleマップ見ると、距離はいまいち分からないけど頑張ればまあ歩いていけなくもないんじゃないかと思って歩いていみる。



マップによると歩いてすぐ長慶寺という寺があるはず。
そこまでの距離によって達谷窟まで行くかどうか判断しよう。


大きな地図で見る

だけど歩いても歩いてもそんな寺にたどり着かない。
さっき山の斜面が墓地になってたところがあったけど、きっとあそこに長慶寺があって入り口を見逃したのだろう。
と思いながらも緩やかな上り坂を上ったと思ったら下ってまた上ってとか繰り返しているとどこで引き返そうかとばかり考えてしまう。
なにより花粉がひどいのかさっきからくしゃみしまくってその度に鼻水だらーんとさせているので疲れた。
暫く歩いていると平泉町入り口の看板が見える。
こ、これはと思ってもう一度Googleマップを見ると(圏外だったけどキャッシュで確認)長慶寺なんてとっくに通り過ぎてあと少しで達谷窟というところまで来ていることを知る。
なんだ近いじゃん。
Googleマップ様様でWillcom03にして初めて良かったと思ったひと時。
程なく到着。

今回初の寺で少し興奮。
観光客らしき人は見当たらず、作業着着た造園業のおじさんが二人いるのみ。


と、鳥居?


不動堂
曇りで暗めのところ、さらに暗い堂の中を覗くと不動明王の白い目にぎらっと睨まれるのでびびる。

不動堂から金堂に行ったのだけど、どうもいきなり参観経路をぶっちぎりで無視しているっぽいので、本来の経路に戻って毘沙門堂に向かう。
正規の経路を通ったらしき若いカップルが丁度毘沙門堂の階段を上っていくところだった。



ちょっと間を置いてから僕も中に入る。
おお毘沙門天だらけ。
靴を脱いであがれるのでしばらくゆっくりする。

毘沙門堂を出ると顔面大仏。
でかい石がごろごろ積み重なったところがあるのでそこをじろじろ見ていたけど顔面らしいものが無い。
周りを見渡すとそびえる崖の下に白い角柱が立っていて、顔面大仏と書いてある。
ああ、こっちかと思って崖を見ても何もないのだけど、ふと崖の上を見上げると、あった、顔。



こんな高いところによく彫ったな。
源義家が馬上より弓張を持って彫ったと伝えられているらしい。
馬上って・・・
もともとは顔面だけじゃなくて全身がちゃんとあったらしいのだけど地震により崩壊して今は顔だけ。
北限の磨崖仏。

次に弁天堂。
堂の中に綺麗な顔した弁天様。


フラッシュたくの嫌いなので露出補正をMAXまであげたのだけどやっぱり暗い。




金堂はそんなに面白くないのだけど、この赤はホワイトバランスの調整に使えると思って、いろいろ設定をいじりながら何枚か撮影し、実際の見た目の色にほぼ近い値までこぎつける。

なかなか楽しかったな。
厳美渓まで再び戻る。

一関市博物館


ちょっと時間があるので一関市博物館に寄る。
入館は午後4時半までとあり、今4時25分くらい。
企画展で「没後20年 色川武大と阿佐田哲也の世界」というのをやっているけど、時間も無いので常設展のみにしようと思う。
館に入って受付の姉ちゃんの傍まで歩いていくと、5時までとなりますがよろしいですかと言われる。
承知の上なので「いいです」と言って、続けて「常設展のみで」と言うと少しいぶかしげな顔をしながら300円になりますと言われる。
チケットを受け取るときに「こちらのチケットで色川武大と阿佐田哲也の世界も御覧になれますのでよろしければご鑑賞ください」と言うのでそこでやっと納得。

館内がえらく暑いので上着を脱いでリュックに押し込み、ついでにトイレ行く。
ただでさえ少ない時間をロス。
心持ち早めに鑑賞。
説明用のパネルは基本すっ飛ばし。

刀剣展示場は見ごたえがある。
こんなに研ぎ澄まされ徹底的に斬ることが追求された日本刀で襲い掛かられたら怖くて一歩も動けない。
一通り刀剣を見た後に展示場の真ん中の方にあったパネルをちょっと読んでみると刀剣を見るときのポイントが解説されていて、先に読んでいればよかったと後悔しつつも次の展示場所に移動する。

昔の和英辞典が開いた状態で展示されていて、つらつら見ていたら「AIKASA」(合傘)の英訳が載っていた。

和算のコーナーは面白そうな問題がいくつかあったけど解いてる暇ないのでスルー。

リミットまで10分くらいを残して常設を見終わったため色川武大のコーナーへ。
知らなかったのだけど阿佐田哲也は「朝だ、徹夜」から来ているらしい。
気づきそうで気づかない。
そういえば大下八郎は「たいしたやろう」から付けられたと本人がテレビで言っていた。
見る気なかったくせに結構面白く、気づいたら腕時計が5時をさしている。
職員が来るかなと思いつつ見続けていると警備員がやってきて「すいません」と言うので「時間ですか」と返して退館。
入ったのが閉館時間のちょっと前だったせいか僕の他に観覧していた人は一人もいなかった。

バス待ち


バスが来るまで時間があったので、あまりに怪しかったため入らなかったガラスパークの中に入れるところまで入ってみる。



お、なんかただで結構入れる。
一瞬、廃墟?と思うが進んで左側の建物はガラス販売店になっているみたいでちゃんと営業しているっぽい。
(※今ネットで調べてみると「世界のガラス工芸品10,000点」の展示や販売、そして体験工房などもあるらしい。入ればよかったな。)
廃墟?と思った理由は入り口入ってまっすぐ進んだ突き当りにある公園みたいなところが明らかに廃墟だったので。




この噴水の周りに様々なアトラクションっぽい遊具があったのだけど、どれも風雨にさらされ朽ちた状態。
「これは危険なため使用しないでください」みたいな貼り紙がしてある遊具まである。
(写真とっておけばよかったな)

ガラスパークを去って、夕日の厳美渓へ。




さすがにもう謎の集団はいなくなったので東屋に行ってみる。
ああ、ここはかの有名な「かっこうだんご」の場所だ。(まあ前日調べていた時に初めて知ったのだけど)
対岸の店からロープを伝って団子が滑降してくるという。
そういえばあの集団は皆で団子食ってた。
赤い旗が出ているときは販売終了となっていて、対岸の店を見てみるとばっちり出ている。ちぇっ。

バスに乗り込み一関まで戻る。
厳美渓のバス停からからバスは厳美渓沿いを暫く走るのだけど、左折して厳美渓から離れるあたりで風見鶏の下のほうについているような十字の方位案内が立っているのが目に留まる。
東西南北じゃなくて道案内なので今来た方は「サハラガラスパーク」となっている。
どうもサハラガラスパークが立てたものらしい。
そのためか他の方角は「東京」「大連(中国だったかな?)」と適当。
「東京」とかを「サハラガラスパーク」と同列にしてしまう粋に感服。
しかも「サハラガラスパーク」以外は方角すら適当だったように思う。
ちなみに忘れた頃に右手窓の外にサハラの工場が見えた。

釣山公園から飯


東横INにチェックIN。
予約は1泊のみだったのだけど、2泊にできないか聞いてみたら快く応じてくれて2泊に変更。
18時頃だったか。
部屋で一服後に飯食いに出かける。

宿近くにソースカツ丼の貼り紙のある店があって、目星を付けておいてからちょっと散歩。
ああ、本当なんもない。
適当に歩いていた方角がちょうど釣山公園方面の道だったため行ってみようかと思う。
Googleマップで検索すると公園の入り口に食事処があるみたいだし。

真っ暗
それにもう脚が痛い


地図的には釣山公園の横の道を歩いており、せっかくだから釣山公園内を歩いて食事処のある入り口まで行こうと思ってそれっぽい階段を上ってみる。
アスファルトの道に出たけど民家しか無く、もしかして私道かもと思う。
アスファルトの道から横に獣道みたいな上り坂があったけど、恐ろしいほど暗くて先が何も見えないのでそんな道は見なかったことにする。
そのままアスファルトを少し歩くと行き止まりっぽかったので、さっさと元の道路に下りる。
無駄に体力使った。

なんかもう引き返すに引き返せないところまで歩いてきた感じ。
そしてなんとか公園入り口まで到着。
喫茶店っぽい食事処が民家のような建物の二階にあったけど、やっているかどうかもよくわからずスルーして公園内へ。

電灯に照らされた案内板を見ると結構広そう。
いきなり道が二手に分かれているけど一方は急な上り坂だったためもう一方を進む。
でもこっちもすぐに急な上り坂。
山だからねぇ。
それより電灯がとぎれとぎれのため、光が届かないところは完全な闇になっていてかなり危ない。
というか怖い。

光が乏しいために諧調もくそもなくなって写真が灰色か黒かの2値みたいになっている。
実際には真ん中あたりで光っている電灯が周囲を照らしてもう少し明るい。





ここは夜に来ちゃいけないところなのだろう。
引くべきと思いながらももう少しだけ上ってみようかと数メートル先が見えない上り坂の暗闇に突っ込んでいってみる。
ちょっとした広場みたいなところがあったので入ってみる。
やばい、広さの割に電灯が少ないため足元すら見えない。
柔らかい芝生の上を歩いているかと思ったらいきなりアスファルトになったり。


分かりづらいが結構高い。
青い光の建物が東横IN。

これ以上は危険と判断し降りる。
飯はさっきのソースカツ丼にしようと思って足早に戻る。
頑張って戻ったのに。
既にシャッターが降りている・・・
20時くらいなんだけど。
なんかやばそう、早く見つけないと。
高知行ったときは確か18時くらいで商店街の店がほとんど閉まっていた気がするし。

「一関名物」と書いてある旗の出ている店に行って店先のメニューを見ると量は少なそうだし1500円以上と高い。
むー、脚痛い。
面倒になってきた。
駅前のラーメン屋に入る。

ラーメンはそんなに好きでもないけどまあいいや。
塩ラーメンと小どんぶり(チャーシュー丼)のセットを頼む。
そして出された水を一口。
不味っ。
これ、なんだろう。とにかく不味い。
都会の水に慣れて田舎の美味い水がまずく感じるとか?
いやいやそんな事はないだろう。
ラーメンもこの水で作っているのか。
嫌な予感がしつつも顔色一つ変えず置いてあった鋼の錬金術師の1巻を読む。

暫くしてラーメン到着。
店員により目の前にどんぶりがするする滑り出てきた一瞬、ぷーんとした匂いがした気がしてはっとして注意深く匂ってみたところ気のせいだったっぽい。
スープを一口。
なかなか濃い味で黒胡椒も効いている。
そして後味が、んっ?
濃い味なのに後味が急に薄くなって・・・あの水の味になる。
何回か飲んでみたけどやっぱり後味があの水の味になる。
なんか疲れて味覚がおかしくなっているのかもな。
そもそも僕は味音痴だし。
スープは大量に残してそれ以外は残さず食って店を出る。
そういえばここで1000円も払うならさっきの一関名物ってやつを食っておけばよかった気がすると財布をしまいながら思う。

2009年4月6日月曜日

平泉(準備)

詳しくはいえないけど派遣みたいな形で3年以上通っていた会社で4月から仕事無くなったために自社に戻る。
で、自社に戻ったはいいけど自社にも仕事が無いのでとりあえず1週間の休みを貰う。

突然湧いた休暇でなんの予定も立てていなかったけど、久しぶりに一人旅したいなと思ってネットで調べる。
候補としては中尊寺か善光寺。
善光寺はちょうど7年に一度の前立本尊御開帳。
でも平日でも人が多そう。
それに善光寺以外にどこを観光すればいいのか。
熊木杏里の「あんずの里」くらいしか他に行きたいところが無い。
一方中尊寺は昔から行きたいと思いつつ行っていなかった場所だし、調べていると毛越寺とか面白そうな寺も多い。
ということで行き先は平泉に決める。

青春18きっぷでが3末で発売期間が過ぎているのを見て一瞬がっくりしたものの、昔と違って金はあるのだしと気分を立て直してどう観光するかある程度プランを立てるため検索・・・
していると、いつか飲む約束をしていた仕事の先輩から電話があって今日飲みに行くことになる。
結局0時くらいまで飲んでいて、帰ってから明日の宿として一ノ関の東横INを予約した後寝る。
宿は節約ってことで。
野宿する年でも季節でも無いし。

2009年3月15日日曜日

映画『ブーリン家の姉妹』

2008年 監督:ジャスティン・チャドウィック
at ギンレイホール


ブーリン家の姉妹 コレクターズ・エディション [DVD]

今日のギンレイはナタリー・ポートマン特集らしい。
今度は16世紀イングランド。
エリザベス1世を生んだアン・ブーリンとその妹(姉?)メアリー・ブーリンのヘンリー8世をめぐる愛憎劇。

理知的なアンと心優しいメアリーの姉妹。
新興貴族ブーリン家の男たちは慣例通りこの娘たちを野心のための政略結婚の道具とする。
まずメアリーを商家の息子と結婚させる。貴族じゃなくて商人と結婚。
メアリーはとりあえずどうでもよかった。
一族の期待はメアリーより、頭が切れるアンを重要視していたのだから。
そしていよいよアンにチャンスが訪れる。
貴族というか王様の愛人になるチャンス。
しかし王が目に留めたのはアンじゃなくて素朴なメアリーの方だった。
メアリー、ついでにアンは王妃の侍女として宮中に召し抱えられる。
アンとメアリーの仲睦まじい姉妹はこのときから嫉妬と憎悪の関係に包まれる。
憎悪に関しては一方的にアンからメアリーにだけだけど。

アンにナタリー・ポートマン。
メアリーにスカーレット・ヨハンソン。
なんか撮り方のせいか二人とも美人に見えなかったなぁ。
色っぽくもないし。
ただ、ナタリー・ポートマンはやっぱり凄いね。
ヘンリーに後ろから襲われたときなんかゆがんだ顔が恐ろしく不細工になっていたのだけど、あまりに悲しい顔するのでギャップにぐっと来る。
スカーレット・ヨハンソンが演じるメアリーは優しく純朴な女性なんだけど、口半開きのヨハンソン見ていると、純朴というか馬鹿なんじゃないかと思ってくる。

若い男は顔が全然区別付かずに誰が誰だか分からないのだけど、ナタリー・ポートマンさえ見れればまあいいかなと思える映画。

映画『宮廷画家ゴヤは見た』

2006年 監督:ミロス・フォアマン
at ギンレイホール


宮廷画家ゴヤは見た [DVD]

宮廷物ほどかったるいものはない、はずが意外にかなり面白い。
ゴヤはどちらかというと狂言回しの位置づけでゴヤの伝記映画ではない。
じゃあなんなのかというと、18世紀末から19世紀にかけてのスペインを「宮廷画家ゴヤ」が「見た」、という話。

ゴヤ(ステラン・スカルスガルド)は現在二人の人物の肖像画を描いていた。
一人は裕福な商家の娘で天使のように美しく無垢なイネス(ナタリー・ポートマン)。
もう一人はむっつり顔だが権威に満ちた佇まいの神父ロレンソ(ハビエル・バルデム)。
ロレンソは教会の威厳を保つために異端審問を復活させようとしていた。
酒場で豚肉を食べなかったイネスはこの復活した異端審問に引っかかってしまう。
優しい質問は拷問へと移行していき、さらにはむっつりロレンソによって・・・
でも、まあ跪いたイネスの体の線の美しいこと。
この究極の曲線を見ちゃったらそりゃそうなる。

純粋で若い女性の将来に待っているであろうまばゆい人生が突如閉じられる。
死ぬとかじゃなくて生きているわけだし、しかも無実。
この怒りの矛先をどこに(誰に)向ければいいのかというと、異端審問を復活させたロレンソなんだけど、ゴヤもイネスの家族もロレンソに原因があることを知らない。
だからロレンソというむっつり男に注目が集まる。
彼がどういう人生を辿るのか見届けるために。

ラストは子供の歌声とかちゃっちいくせに涙が溢れる。

ミロス・フォアマンはこの企画を50年も前から温めていたらしい。
強烈なロレンソを演じたハビエル・バルデムはどこかで見たことあると思ったら『海を飛ぶ夢』の人だ。
さらにはアルモドバルの『ライブ・フレッシュ』の人でもある。
今更かもしれないけどこの人の名前はしっかり覚えておこう。


プロレスリングノアの地上波放送打ち切り

古いニュースだけど日テレのノアの放送が3月いっぱいで終わる。
YAHOO!ニュース

毎週自動録画して見ていたのに、ああ、これでもうプロレスを見ることはなくなったな。

新日って今どうなんだろう。面白いのかな。
師匠藤波の劣化コピーのまま抜け出せず少しもどきどきしないつまらない試合しかしなかった棚橋が「太陽の天才児」と称され、関節技主体の中村が「神の子」ともてはやされたあたりで、なんだこれと思って、棚橋が初めてIWGP取った時からがっかりして見なくなった。

何ヶ月前かのノアの放送で、三沢が杉浦とタッグで新日の中村とあと誰かと対戦していたのだけど、中村が関節技で試合を決めたのを見て、どっちらけになった。
中村自体はそんなに嫌いでもなかったのだけど、やっぱり関節技で試合決めるならそれなりに盛り上がる決め方しないと面白く無いじゃん。しかも他団体との対抗戦なのにさ。
別に関節技で試合を決めるのが駄目というわけじゃなくて、ただ対抗戦ではやってほしくないなと思う。
関節技で勝つなんてある意味卑怯でしょ。だってプロレスラーは技を受けてなんぼなんだから関節決めにこられても基本的に本気で避けないのでいくらでもかけ放題なんだし。
だから本気で関節技かけちゃ駄目じゃん。
関節技は半分の力でかけて相手選手の精神と体力をけずってちょっとだけ体を痛めつける技であって、基本的に決め技じゃない。

関節技といえば飯塚がブレイクした頃は、いつ、どうやってスリーパーが飛び出すかどきどきし、かつ飯塚はいつも期待に応えてくれて楽しませてくれた。
対戦相手は決め技になりうるスリーパーを警戒して半ば本気で避けるから飯塚も工夫して思わぬところでかけたりとかして楽しかったな。そこで出すか!みたいな。
関節技を決め技にする選手で許せるのは飯塚くらしか思い浮かばない。

あと、棚橋なんだけど、どうも苦手なんだよな。
ビジュアルは胡散臭いしファイトスタイルもつまらないし。
ファイトスタイルが今どうなっているのか知らないけど、あの体中から発散する「ばたくささ」は変わらないんだろうな。

2009年3月10日火曜日

映画『伽倻子のために』

1984年 監督:小栗康平
BS2 録画


小栗康平監督作品集 DVD-BOX

声が聞き取れず、説明も少ないためにストーリーは全然分からなかったのだけど、いやー、南果歩だけで十二分に面白い。
かわいいかかわいくないかで言ったらかわいくはないのだけど、なんだろうこの魅力は。
女性が少女のある一時期にだけとてつもなく神々しく輝くときがある。
その瞬間をこれでもかとフィルムに収めた感じ。
あまり必要性もなく脱いでるし。

原作は芥川賞作家李恢成の「伽倻子のために」。
在日朝鮮人2世の大学生サンジュニ(呉昇一)と、朝鮮人と日本人の夫婦に養子に貰われた伽倻子(南果歩)の恋愛物。
朝鮮人にも日本人にもなれない不安定な二人。
朝鮮に行く夢を見てもサンジュニはハングルを喋れない。
現状の生活も、見る夢も、全てが儚い。

終始静かに展開する。
無口なサンジュニが驚くほどの好青年。
あまり喋らないので始めのうちは怪しい青年だったのだけど、背景や人物が分かってくると無表情の裏に隠れた深い苦悩が見えてきて切なくなってくる。
どっちかというとこういう静かな映画は長まわしで見たいけど、ほとんど長まわしは無い。

子供の発言に怒ったばあさんが振り返って部屋に入るとき、壁に一回肩をげしっとぶつけるのね。
少しも表情を変えずにすたすたフレームの外に消えるのだけど、そういう生活の現実感を強く感じさせる映画。
好青年サンジュニと神々しい少女伽倻子の恋愛はまぶしすぎるし、加藤武は真面目な中でなかなかくすりと笑わせてくれるし、で結構面白い。

2009年3月8日日曜日

いしのだなつよ

月光音楽団っていう一応音楽番組らしい番組がある。
ベッキー司会で山本梓とか安田美沙子や夏川純が出演している番組。
昔やっていたプロジェクトの人がアイドル好きだったので話を合わせるために毎週自動録画にして見ていて、今でも惰性で録画している。

2/10の月光音楽団をネットしながら見ているとショートカットの女の子が映ったのでなんとなくテレビに目を移すと、石野田奈津代の文字が。
シンガーソングライター石野田奈津代。
8,9年くらい前にこの子のオールナイトニッポンRをよく聞いていた。
身の回りの人にしろテレビの人でも、こんなに元気な子を見たことがない。
両国駅でのストリートライブなどで鍛えた歌声はまっすぐで安定していてなかなか好きだったのだけど。
気づいたら事務所を解雇(契約切れ?)されたらしく消えてしまった。
ラジオでネプチューンと共演したりして、どんどん売れていきそうな感じだったし、歌が駄目でもタレントとしてあの元気はかなり稀有な存在だったのでもったいないと思っていた。

ラジオが終わってファンサイトも閉鎖されて何も情報が入らないまま忘れていたのだけど、その後も地道に活動を続けていたみたいで、今年2月に再デビューしたらしい。
いやぁ、頑張ったねぇ。この道のりは演歌だねぇ。

検索してみたら公式サイトがあってそこのブログをつらつら見ていたら去年「唄つるべ〜トーク&ライブ」で笑福亭鶴瓶と共演したりしていたらしい。
というか2008年末の「朝まで生つるべ!」に出演していたらしい。
いや、もっと驚きなのはそのブログに番組終了後に鶴瓶や他の出演者と写っている写真がUPされているのだけど、なぜか長谷川都が写っている。
長谷川都も出ていたのか。
ああ、再放送されないかなぁ。

いしのだなつよが石野田奈津代になり、
長谷川都はハセガワ ミヤコになって、
そして二人とも鶴瓶チルドレンになっていよいよ売れていくのだろうか。

ちなみに俺は歌の歌詞をあまり聞かないからどうでもいいのだけど、石野田奈津代の歌詞は昔はそんなによくなかった。(苦労を重ねた今どうなっているのかはまだよく知らない)
1999年のデビューアルバム「ひまわり」を持っているのだけど、基本的に前向き元気印の曲の中で「質問」っていう曲だけがネガティブな曲になっている。

よかったのかなぁ?
あたしなんか生まれてきて
ねぇ神様、あたし生まれてきてよかったんですか?
お願いこたえて・・・ねぇ・・・

~いしのだなつよ アルバム『ひまわり』9曲目「質問」より~


という親泣かせの歌詞なんだけど、元気だけじゃなくて悩みもあるんだよというのをあざとく入れ込んだようでこの曲はあまり好きじゃない。
終始生まれてきてよかったんですか?ってつぶやいているだけなんだもん。

熊木杏里が「世の中こんな感じだろう」と言葉をこねくり回して作詞していたと後に語る1stアルバム『殺風景』の中の「二色の奏で」を数年後に聞いたとき、ふといしのだなつよのこの「質問」という曲を思い出して、ああ、いしのだなつよとの違いはこれだなと思った。
言葉に対するセンスの違い。

世に生まれたことに悩むのならば
生まれてこれたことに懸命に生きて
いつか”人生”と太筆で書いても
恥じることのない
道を 道を

~熊木杏里 アルバム『殺風景』10曲目「二色の奏で」より~


まあ過去の話は置いておいてこれから日本の音楽シーンを席巻する(かもしれない)石野田奈津代に注目です。
HEY! HEY! HEY!とかに出てトークすれば一発だと思うんだけどな。
とHEY! HEY! HEY!の話出したついでに書くと、なんでHEY! HEY! HEY!に演歌歌手が出ないのかが分からない。
演歌が廃れてしまったのは、若者のニーズから外れたからとかじゃなくて、演歌歌手が民放の番組で歌わなくなったからに他ならない。
(ニーズから外れたから出なくなったんじゃね?という疑問は置いておく)
演歌の需要があるからジェロが売れたんじゃん。
氷川きよしとかジェロはその話題性でばんばん曲が流れるから売れた。
「海雪」って別にふつーの演歌だよ。
「海雪」が売れるなら他の演歌の曲だって絶対売れる。
ましてや曲がどうでもよくてもトークが面白かったり顔がよかったりするだけで売れる歌手なんてくさるほどいるじゃん。
幸田なんとかとか元首相の孫とかジャニーズ系とか。
だから若者向けの音楽番組にさえ出れば演歌は確実に復興すること間違いないのに、全くもって歯がゆい限りです。

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