2014年 監督:アレハンドロ・G・イニャリトゥ
製作国:アメリカ
at ギンレイホール
冒頭からえらく長い長まわしだなと思っていたら、最後まで1カットだった。
正確には1カット風。
昼夜の超速転換シーンでカットは入っているだろうし、その他でもカメラがすばやくパンする一瞬とかにカットが入っていたりするんじゃないかな。予想でしかないけど。
長まわし好きにはたまらないかというとそうではなくて、ここまで長いともう長まわしの魅力が薄れるし集中力も続かない。
やっぱり10分前後くらいで映画のダイナミズムが濃縮されているような長まわしじゃないと喜べない。
とはいえ、撮影は大変だったろうし凄いことやっているなとは思うけど。
かつてヒーロー映画「バードマン」で一世を風靡した俳優リーガン(マイケル・キートン)は今は落ちぶれている。
再起をかけて、レイモンド・カーヴァー原作の舞台を自ら脚色、演出、主演で製作する。
その舞台の初日公演までのすったもんだの物語。
予告編にあるI can fly!的なジャンプが気になってたんだよね。
自殺にしてもあんなに手足を後ろにまわすなんて気が触れているとしか思えない。
CG使っているようだから本当に飛んだりするのかな、などと予測していて、本編見た結果は、まあ、そうか、という感じ。
音楽のドラムがかっこいい。要所要所で挿入されてカットの代わりを務めたり盛り上げたりだるさを引き締めたり。
主演はバットマン マイケル・キートン。
娘役にエマ・ストーン。化粧のせいか目が怖かった。
マイク役にエドワード・ノートン。
レズリー役にナオミ・ワッツ。
2015年9月21日月曜日
映画『マジック・イン・ムーンライト』
2014年 監督:ウディ・アレン
製作国:アメリカ/イギリス
at ギンレイホール
ウディ・アレン映画の唯一の安心感は、だいたい100分未満くらいで収めてくれるところだよなぁと見始めた瞬間にふと思った。
舞台は1920年代の。中国人の扮装をしたイギリス人マジシャンがアメリカ人霊媒師のペテンを見破るべく南フランスに乗り込む話。
最近のウディ・アレン映画の中ではなかなか面白かった。
というかエマ・ストーンがどの角度からも綺麗で見飽きなかったからかな。
主演コリン・ファースとエマ・ストーン。
安定の年の差ラブコメディ。
製作国:アメリカ/イギリス
at ギンレイホール
ウディ・アレン映画の唯一の安心感は、だいたい100分未満くらいで収めてくれるところだよなぁと見始めた瞬間にふと思った。
舞台は1920年代の。中国人の扮装をしたイギリス人マジシャンがアメリカ人霊媒師のペテンを見破るべく南フランスに乗り込む話。
最近のウディ・アレン映画の中ではなかなか面白かった。
というかエマ・ストーンがどの角度からも綺麗で見飽きなかったからかな。
主演コリン・ファースとエマ・ストーン。
安定の年の差ラブコメディ。
2015年9月10日木曜日
映画『フォックスキャッチャー』
2010年 監督:ベネット・ミラー
製作国:アメリカ
at ギンレイホール
実話に基づくとはいえ、この予告編結構ネタばれしているよなぁ。
ネタばれしても面白さはそれほど半減しないとはいえ。
舞台は1980年代のアメリカ。
レスリングで兄弟そろって金メダリストのシュルツ兄弟。
弟は選手としても指導者としても突出した兄を尊敬しつつもコンプレックスを感じている。
それに金メダリストといってもレスリングはマイナー競技?なので生活は苦しい。
そんなとき、弟のマーク・シュルツ(チャニング・テイタム)に大財閥デュポン家の御曹司ジョン・デュポン(スティーヴ・カレル)から彼が結成したレスリングチームへの勧誘がある。
弟は乗り気だが兄のデイヴ・シュルツ(マーク・ラファロ)は家族がいるのでデュポン家の邸宅に移り住むことに難色を示し、結局弟だけがデュポン家に行く。
→ジョン・デュポンはあからさまにがっかり
偉大な兄の指導でこれまでやってきたマークはひとり立ちし、指導者としてはくそだが大金持ちのデュポンに次第に心酔していく。
なんか怖いわぁ。全編不気味な雰囲気が漂っていて、狂気がそこかしこに潜んではぐくまれている感じ。
デュポン役のスティーヴ・カレルは初めて見たけど、コメディ俳優らしい。
なにこのギャップは。
背低いくせにいつも顎が上がって人を見下しているようで、しかも無表情なのが怖い。
怖いんだけどレスリング嫌いの母親が見学に来たときに急に張り切って指導を始めるところなんかお茶目であったりして、なんか憎めないマザコン。
マーク役にチャニング・テイタム。
脳筋ぶりが上手い。素?
兄のデイヴ役にマーク・ラファロ。
髪切ると結構はげてるのね。
デュポンの母親役にヴァネッサ・レッドグレーヴ。
製作国:アメリカ
at ギンレイホール
実話に基づくとはいえ、この予告編結構ネタばれしているよなぁ。
ネタばれしても面白さはそれほど半減しないとはいえ。
舞台は1980年代のアメリカ。
レスリングで兄弟そろって金メダリストのシュルツ兄弟。
弟は選手としても指導者としても突出した兄を尊敬しつつもコンプレックスを感じている。
それに金メダリストといってもレスリングはマイナー競技?なので生活は苦しい。
そんなとき、弟のマーク・シュルツ(チャニング・テイタム)に大財閥デュポン家の御曹司ジョン・デュポン(スティーヴ・カレル)から彼が結成したレスリングチームへの勧誘がある。
弟は乗り気だが兄のデイヴ・シュルツ(マーク・ラファロ)は家族がいるのでデュポン家の邸宅に移り住むことに難色を示し、結局弟だけがデュポン家に行く。
→ジョン・デュポンはあからさまにがっかり
偉大な兄の指導でこれまでやってきたマークはひとり立ちし、指導者としてはくそだが大金持ちのデュポンに次第に心酔していく。
なんか怖いわぁ。全編不気味な雰囲気が漂っていて、狂気がそこかしこに潜んではぐくまれている感じ。
デュポン役のスティーヴ・カレルは初めて見たけど、コメディ俳優らしい。
なにこのギャップは。
背低いくせにいつも顎が上がって人を見下しているようで、しかも無表情なのが怖い。
怖いんだけどレスリング嫌いの母親が見学に来たときに急に張り切って指導を始めるところなんかお茶目であったりして、なんか憎めないマザコン。
マーク役にチャニング・テイタム。
脳筋ぶりが上手い。素?
兄のデイヴ役にマーク・ラファロ。
髪切ると結構はげてるのね。
デュポンの母親役にヴァネッサ・レッドグレーヴ。
映画『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』
2014年 監督:モルテン・ティルドゥム
製作国:イギリス/アメリカ
at ギンレイホール
戦時中、ドイツのエニグマの解読を試みた数学者アラン・チューリングの物語。
エニグマがよくわからなかったんだけど、複合キーみたいなものが毎日変わるっぽくて、とにかく難しそうだということはなんとなくわかった。
毎日変わるってことは、一日の最後かなんかに翌日の複合キーを送信しているんだろうか。
気になってWikiを見てみたけど、
同じ文字でも打ち込むごとにローターが回転して違う文字に変換されるらしいし、複合キーがあればみたいな単純な話ではないっぽい。
解読するときにプラグボードくらいしかいじっていなかった気がするけど、ローターとかもセットしていたのかなぁ。
で、この情報をどうやって毎日送っているのかはよくわからなかった。
主演はベネディクト・カンバーバッチ。
アスペルガーっぽい言動と天才的頭脳がベネディクト・カンバーバッチの顔立ちによくあっている。なんていってしまうと怒られそうだけど。
チューリングのよき理解者ジョーン役には、今一番男前で美人の女優キーラ・ナイトレイ。
チーム内の打ち解ける過程とか、兄を助けられなかったメンバーのその後とか、いろいろ駆け足な印象もあったけど、115分、なかなか面白かった。
ああ、チューリングテストのチューリングってこのチューリングだったんだ。
製作国:イギリス/アメリカ
at ギンレイホール
戦時中、ドイツのエニグマの解読を試みた数学者アラン・チューリングの物語。
エニグマがよくわからなかったんだけど、複合キーみたいなものが毎日変わるっぽくて、とにかく難しそうだということはなんとなくわかった。
毎日変わるってことは、一日の最後かなんかに翌日の複合キーを送信しているんだろうか。
気になってWikiを見てみたけど、
暗号化・復号の鍵は、いくつかあるローターのうちどの3枚を使うかの組み合わせと、ローターをセットする順序、ローターの目盛りの初期位置、およびプラグボード配線である。
同じ文字でも打ち込むごとにローターが回転して違う文字に変換されるらしいし、複合キーがあればみたいな単純な話ではないっぽい。
解読するときにプラグボードくらいしかいじっていなかった気がするけど、ローターとかもセットしていたのかなぁ。
で、この情報をどうやって毎日送っているのかはよくわからなかった。
主演はベネディクト・カンバーバッチ。
アスペルガーっぽい言動と天才的頭脳がベネディクト・カンバーバッチの顔立ちによくあっている。なんていってしまうと怒られそうだけど。
チューリングのよき理解者ジョーン役には、今一番男前で美人の女優キーラ・ナイトレイ。
チーム内の打ち解ける過程とか、兄を助けられなかったメンバーのその後とか、いろいろ駆け足な印象もあったけど、115分、なかなか面白かった。
ああ、チューリングテストのチューリングってこのチューリングだったんだ。
2015年8月23日日曜日
映画『博士と彼女のセオリー』
2014年 監督:ジェームズ・マーシュ
製作国:イギリス
at ギンレイホール
イギリスの物理学者スティーヴン・ホーキングのお話。
大学時代に難病ALSを発症して余命2年と宣告される。
付き合い始めた彼女は彼を支え続けることを決意する。
この彼女が天使すぎる。
付き合い始めて間もないはずなんだけど、よくそんな決心したな。
敬虔なクリスチャンだからというのもあるだろうけど、多少は献身的な自分に酔っていたりもするんじゃないだろうかと思ってしまう。
演じたのがフェリシティ・ジョーンズっていう綺麗な人だったということもあり、それでも彼女の決心に天使すぎる、と言いたくなるのだけど。
まあ、結果的に天使じゃなかったが、部外者は誰も彼女を責められないよね。
スティーヴン・ホーキングの偉大さとかそこらへんの描写は少ない。夫婦の物語が主題だから。
いい人が多すぎるものの、なかなか面白かった。
製作国:イギリス
at ギンレイホール
イギリスの物理学者スティーヴン・ホーキングのお話。
大学時代に難病ALSを発症して余命2年と宣告される。
付き合い始めた彼女は彼を支え続けることを決意する。
この彼女が天使すぎる。
付き合い始めて間もないはずなんだけど、よくそんな決心したな。
敬虔なクリスチャンだからというのもあるだろうけど、多少は献身的な自分に酔っていたりもするんじゃないだろうかと思ってしまう。
演じたのがフェリシティ・ジョーンズっていう綺麗な人だったということもあり、それでも彼女の決心に天使すぎる、と言いたくなるのだけど。
まあ、結果的に天使じゃなかったが、部外者は誰も彼女を責められないよね。
スティーヴン・ホーキングの偉大さとかそこらへんの描写は少ない。夫婦の物語が主題だから。
いい人が多すぎるものの、なかなか面白かった。
映画『6才のボクが、大人になるまで。』
2014年 監督:リチャード・リンクレイター
製作国:アメリカ
at ギンレイホール
いつもどおり30分前に行ったら、もう外に並んでいる人たちがいる。
当然満席。こんなに込んでいるギンレイホールは久しぶりだ。
映画は6才の少年が18歳になるまでを追った成長記録。
12年間だけど俳優/女優の交代無し。
つまり12年に渡り毎年?少しずつ撮影したらしい。
誰か事故にでもあってしまったら一気にパーだよね。よく金出したな。
まあ面白かったけど、とにかく長い。
165分あったっぽい。
満席で館内は蒸し暑く、いつもは空席の隣におっさんが座ってしかも肘掛を独占するもんだから圧迫感で落ち着かない、っていうのもあって、120分くらいでもう疲れてしまった。
12年間を描くわけだから165分でも足りないのかもしれないけどさ。
主演はエラー・コルトレーン。
一本の映画で少年が成長していく姿を見るのはなかなか新鮮。
両親役にパトリシア・アークエットとイーサン・ホーク。
姉役にローレライ・リンクレイター。監督の娘らしい。(ちゃっかり娘の成長記録も撮ったということか)
身内びいきと言いたい所だけど、ローレライ・リンクレイターが結構味があってなかなかの存在感を放っていた。
駄目な男にばかり引っかかる母親とか、青年の恋とか夢とか、ありがちといえばありがちな話だけど、12年間の断片的なスナップショットは積み重なって効果を発揮してくる。
どうせ見るなら落ち着いた環境でじっくり見たかったな。
製作国:アメリカ
at ギンレイホール
いつもどおり30分前に行ったら、もう外に並んでいる人たちがいる。
当然満席。こんなに込んでいるギンレイホールは久しぶりだ。
映画は6才の少年が18歳になるまでを追った成長記録。
12年間だけど俳優/女優の交代無し。
つまり12年に渡り毎年?少しずつ撮影したらしい。
誰か事故にでもあってしまったら一気にパーだよね。よく金出したな。
まあ面白かったけど、とにかく長い。
165分あったっぽい。
満席で館内は蒸し暑く、いつもは空席の隣におっさんが座ってしかも肘掛を独占するもんだから圧迫感で落ち着かない、っていうのもあって、120分くらいでもう疲れてしまった。
12年間を描くわけだから165分でも足りないのかもしれないけどさ。
主演はエラー・コルトレーン。
一本の映画で少年が成長していく姿を見るのはなかなか新鮮。
両親役にパトリシア・アークエットとイーサン・ホーク。
姉役にローレライ・リンクレイター。監督の娘らしい。(ちゃっかり娘の成長記録も撮ったということか)
身内びいきと言いたい所だけど、ローレライ・リンクレイターが結構味があってなかなかの存在感を放っていた。
駄目な男にばかり引っかかる母親とか、青年の恋とか夢とか、ありがちといえばありがちな話だけど、12年間の断片的なスナップショットは積み重なって効果を発揮してくる。
どうせ見るなら落ち着いた環境でじっくり見たかったな。
2015年8月9日日曜日
映画『アメリカン・スナイパー』
2014年 監督:クリント・イーストウッド
製作国:アメリカ
at ギンレイホール
これはカンフー映画だ。
ってドリル男が出てきたときに思った。
わかりやすいラスボスがいて、そのラスボスをやっつけるというカタルシスを得るまでつっきるストーリー。
戦争で精神を病むとかラスボス後のくだりはおまけで。
主人公側は正義、敵側は悪。
と、これが架空の国の架空の人物の話であったなら、手放しで喜んだかもしれないけど、主人公クリス・カイルは実在の人物だし、戦争はイラク戦争を描いている。
そうなると見方は全然違ってくる。
話の流れ上、9.11のあとにイラク戦争に突入しているような感じだから、憎き敵イラクみたいになっちゃっているけど、イラク、関係ないじゃん。
それにイラク戦争自体アメリカが難癖つけて勝手に開戦したのであって、そのアメリカの兵士がPTSDになろうが、知らんがな、と思ってしまう。
戦争で160人以上の敵を射殺した伝説のスナイパークリス・カイルの最初の殺人は、少年とその母親だったけど、戦争とはいえ少年や女を殺さなきゃいけないなんて、戦争ってひどいね、っていう感情よりも、こんな女子供までがアメリカを憎んでいる!って事のほうが先に来る。
敵国イラク側の描写もひどい。まるで残虐で低能で好戦的な野蛮人しかいないかのようだし、アメリカ兵士のイラク人に対する蔑視もひどい。(まあそのおかげで戦闘シーンを普通のアクション映画のように楽しめたりもするんだけど)
そんなわけで、右脳で楽しんで左脳でしらけるという不思議な感覚での鑑賞となった。
こんな映画、中東の人たちには見せられないよなと思いつつ、結末が奇跡的に皮肉な話になっていたので、見ても大丈夫かもと思ったりもする。
無音の黙祷のようなエンドロールが始まって、監督は誰だよ、って目を凝らしていたら、なんとクリント・イーストウッド。
まじか、心の中で悪態つきまくっちゃったけど、俺なんかこの映画を見誤ったのかもと不安になって人の意見を知りたくてネットで調べてみた。
まずウェイン町山
http://miyearnzzlabo.com/archives/22576
なんかアメリカで凄い論争になっているみたいね。
で、町山氏によると、これは戦争を賛美なんかしていない。英雄もいないし、ただ壊れゆく男を描いた話なんだ、なんでそれがわからないんだ、馬鹿ばっかりだ、と。
俺もその馬鹿の一人かもしれない。
いや、そりゃあ戦争を賛美していないことくらいは分かるけどさ、この映画を何も背景を知らずに見たとしたらさ、9.11で多くの命が失われて、テロ許すまじ、ってことで戦争(なぜかイラク戦争)が始まって、その聖戦の中で多くの兵士たちが傷つき倒れ、生き残った兵士もPTSDにかかり、なんにもいいことないのに正義の国アメリカは悪をたたくべく傷つきながら戦っています!っていうふうにしか見えない。
つまりイラク戦争を肯定し、アメリカの正義を訴え、アメリカ最高、アメリカ万歳、ってことでしょ。
壊れゆく男なんてアメリカ万歳に帰結するだけの1要素でしかない。
そんなに精神が病んでいく過程をじっくり描いているわけでもないしさ。
翻訳がよみづらいけどこんな記事もある。
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-3dd2.html
これ読むと、アメリカで起こった論争って、論争というか一方的で、この映画に対する批判は一切許されないみたいな状況っぽい。
恐ろしいね。
あと、同ページからのアメリカのイラク占領の話。
ファルージャを調べたらこういうのが引っかかった。
ファルージャ総攻撃の実態
あと、今頃知ったけど、9.11陰謀説なるものもあるんだね。Wikiにもある。
アメリカ同時多発テロ事件陰謀説
真偽のほどはおいておいて、こういう説を唱える人ってどういう気持ちなんだろう。
大統領の人気取りとか経済復興だとかそんな理由で自国民を3000人も犠牲にするやつが世界のTOPだったということに戦慄した上で説を唱えているのだろうか。
イーストウッド自身は『とにかくイラク戦争には反対だ』とはっきり言っているらしい。
PTSDを描きたかったにしても、イラク戦争を題材にし、かつ観客を楽しませるためかイラク戦争をスリリングなアクション映画かのように描いてしまったら、戦争の悲惨さを伝えてもなんだかしらけてしまう。
イーストウッドの意図は知らないが、想像するに、イーストウッドは単にアメリカの一兵士の視点から淡々とこの戦争を描きたかったのではないだろうか。
原作となったクリス・カイルの手記からは、もっとファシスト的で過激な人物像が浮かび上がるらしいが、この映画ではそこを薄めている。
そういう操作はするけど、基本的にはありのまま描く。
一兵士とそれをとりまく人々から見れば、イラク戦争は悪を打ち砕く聖戦であり、イラク人は嫌悪すべき卑劣な野蛮人。
こういう一方的なアメリカ視点で描いて一平凡市民達のアメリカ万歳のような姿勢を貫くことで、批判とかイラク戦争を見つめなおすきっかけとなることを期待していたのかもしれない・・し、していないのかもしれない。
製作国:アメリカ
at ギンレイホール
これはカンフー映画だ。
ってドリル男が出てきたときに思った。
わかりやすいラスボスがいて、そのラスボスをやっつけるというカタルシスを得るまでつっきるストーリー。
戦争で精神を病むとかラスボス後のくだりはおまけで。
主人公側は正義、敵側は悪。
と、これが架空の国の架空の人物の話であったなら、手放しで喜んだかもしれないけど、主人公クリス・カイルは実在の人物だし、戦争はイラク戦争を描いている。
そうなると見方は全然違ってくる。
話の流れ上、9.11のあとにイラク戦争に突入しているような感じだから、憎き敵イラクみたいになっちゃっているけど、イラク、関係ないじゃん。
それにイラク戦争自体アメリカが難癖つけて勝手に開戦したのであって、そのアメリカの兵士がPTSDになろうが、知らんがな、と思ってしまう。
戦争で160人以上の敵を射殺した伝説のスナイパークリス・カイルの最初の殺人は、少年とその母親だったけど、戦争とはいえ少年や女を殺さなきゃいけないなんて、戦争ってひどいね、っていう感情よりも、こんな女子供までがアメリカを憎んでいる!って事のほうが先に来る。
敵国イラク側の描写もひどい。まるで残虐で低能で好戦的な野蛮人しかいないかのようだし、アメリカ兵士のイラク人に対する蔑視もひどい。(まあそのおかげで戦闘シーンを普通のアクション映画のように楽しめたりもするんだけど)
そんなわけで、右脳で楽しんで左脳でしらけるという不思議な感覚での鑑賞となった。
こんな映画、中東の人たちには見せられないよなと思いつつ、結末が奇跡的に皮肉な話になっていたので、見ても大丈夫かもと思ったりもする。
無音の黙祷のようなエンドロールが始まって、監督は誰だよ、って目を凝らしていたら、なんとクリント・イーストウッド。
まじか、心の中で悪態つきまくっちゃったけど、俺なんかこの映画を見誤ったのかもと不安になって人の意見を知りたくてネットで調べてみた。
まずウェイン町山
http://miyearnzzlabo.com/archives/22576
なんかアメリカで凄い論争になっているみたいね。
で、町山氏によると、これは戦争を賛美なんかしていない。英雄もいないし、ただ壊れゆく男を描いた話なんだ、なんでそれがわからないんだ、馬鹿ばっかりだ、と。
俺もその馬鹿の一人かもしれない。
いや、そりゃあ戦争を賛美していないことくらいは分かるけどさ、この映画を何も背景を知らずに見たとしたらさ、9.11で多くの命が失われて、テロ許すまじ、ってことで戦争(なぜかイラク戦争)が始まって、その聖戦の中で多くの兵士たちが傷つき倒れ、生き残った兵士もPTSDにかかり、なんにもいいことないのに正義の国アメリカは悪をたたくべく傷つきながら戦っています!っていうふうにしか見えない。
つまりイラク戦争を肯定し、アメリカの正義を訴え、アメリカ最高、アメリカ万歳、ってことでしょ。
壊れゆく男なんてアメリカ万歳に帰結するだけの1要素でしかない。
そんなに精神が病んでいく過程をじっくり描いているわけでもないしさ。
翻訳がよみづらいけどこんな記事もある。
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-3dd2.html
これ読むと、アメリカで起こった論争って、論争というか一方的で、この映画に対する批判は一切許されないみたいな状況っぽい。
恐ろしいね。
あと、同ページからのアメリカのイラク占領の話。
ファルージャ(白リン弾が使用された)や、レジスタンスが潰された他の都市の大量殺戮、アブグレイブでの蛮行、ハディサの大虐殺、マハムディヤでの14歳のイラク人少女輪姦と彼女の家族の虐殺、“レブンワース10”として知られている、バグダッドのアメリカ軍人集団がおかした戦争犯罪、ハムダニアで海兵隊員が行った殺人、“巻き添え殺戮”として知られるバグダッド空爆や、他の無数の残虐行為を、イラク占領は生み出した。記事書いたのアメリカ人だと思うけど「アメリカ軍・諜報機関は、地球上における暴力行為とテロの主要勢力だ」と言ってしまうところが凄い。
イラク国民にむけられた暴力行為や破壊行為は、アメリカ軍がイラクで日常的に行っているのだが、氷山の一角だけしか一般には知られない。これは植民国家“反乱鎮圧作戦”の本質だ。世界中の非常に多くの人々が十分過ぎるくらい理解している通り、アメリカ軍・諜報機関は、地球上における暴力行為とテロの主要勢力だ。
ファルージャを調べたらこういうのが引っかかった。
ファルージャ総攻撃の実態
あと、今頃知ったけど、9.11陰謀説なるものもあるんだね。Wikiにもある。
アメリカ同時多発テロ事件陰謀説
真偽のほどはおいておいて、こういう説を唱える人ってどういう気持ちなんだろう。
大統領の人気取りとか経済復興だとかそんな理由で自国民を3000人も犠牲にするやつが世界のTOPだったということに戦慄した上で説を唱えているのだろうか。
イーストウッド自身は『とにかくイラク戦争には反対だ』とはっきり言っているらしい。
PTSDを描きたかったにしても、イラク戦争を題材にし、かつ観客を楽しませるためかイラク戦争をスリリングなアクション映画かのように描いてしまったら、戦争の悲惨さを伝えてもなんだかしらけてしまう。
イーストウッドの意図は知らないが、想像するに、イーストウッドは単にアメリカの一兵士の視点から淡々とこの戦争を描きたかったのではないだろうか。
原作となったクリス・カイルの手記からは、もっとファシスト的で過激な人物像が浮かび上がるらしいが、この映画ではそこを薄めている。
そういう操作はするけど、基本的にはありのまま描く。
一兵士とそれをとりまく人々から見れば、イラク戦争は悪を打ち砕く聖戦であり、イラク人は嫌悪すべき卑劣な野蛮人。
こういう一方的なアメリカ視点で描いて一平凡市民達のアメリカ万歳のような姿勢を貫くことで、批判とかイラク戦争を見つめなおすきっかけとなることを期待していたのかもしれない・・し、していないのかもしれない。
映画『おやすみなさいを言いたくて』
2013年 監督:エリック・ポッペ
製作国:ノルウェー/アイルランド/スウェーデン
at ギンレイホール
戦場カメラマンのレベッカ(ジュリエット・ビノシュ)は紛争地帯を飛び回る生活を続けている。
たまに帰る家には、優しくイケメンの夫と二人の娘が待っている。
一見幸せそうな家族だが、夫や娘たちは、レベッカがいつ命を落とすかということに常におびえており、精神的に疲れ果ててしまっている。
それを知ったレベッカは、もう紛争地帯には行かないで家族と暮らすことを決意するのだったが。
っていう話。
見ていればわかるけど、レベッカはかなりやばいやつだ。
自分は崇高な仕事をしているという自負に基づいて、理解しない家族に当り散らさないところが救われると思っていたけど、難民キャンプのシーンを見たらそんなのすっ飛ぶ。
娘の安全は守られていたのかもしれないが、母親として側にいないでどうすんだ。
がんがん踏み込んで写真をとりまくるレベッカも、たまたまどっかの軍が助けに来たからよかったものの、あのままだったら確実に殺されていたよね。
その後国連軍が介入してきたのは写真のおかげみたいな流れになっているけど、証拠として判別できる程度の遠くからの写真一枚で十分だし、写真なんか無くても報告だけでもいいよね。
人にカメラを向ける行為って昔からさんざん議論がなされていると思うけど、この映画を見ていると、人の悲しみとか苦しさに平和な国の人間が無遠慮に土足で踏み込んでいくような印象しか受けなかった。
撮られた写真が世界に公開されて自分たちの生活がいい方向に変わるかも、なんて撮られる側は一ミリも考えていないはず。
娘が発表会で、最初は躊躇したけどだんだん抵抗はなくなった。なぜなら彼らは撮られたがっていると感じたから。みたいなことを言っていた気がするけど、大きな勘違いだ。
彼らが怒らないのは生きるのが苦しくてそれどころじゃないから。紛争地帯で、世界に訴えたい、知ってほしい!と思ってカメラに納まる人がいったい何人いるんだろうか。
でも、まあなんだかんだいってもつまらなかったわけじゃなくて、なかなか面白かったんだけどね。
ジュリエット・ビノシュは家庭と仕事の狭間に立たされる葛藤やら狂ったような使命感とか自然に表現して見ごたえがある。
で、そのジュリエット・ビノシュより目立っているのが長女ステフ役のローリン・キャニー。
この子凄いわ。
ビーバーっぽい口元がキュートで、なにより目がきれい。
そのきれいな目が悲しみや不安やあきらめ等、さまざまな感情をまっすぐに訴えてくる。
これが映画デビューらしい。
製作国:ノルウェー/アイルランド/スウェーデン
at ギンレイホール
戦場カメラマンのレベッカ(ジュリエット・ビノシュ)は紛争地帯を飛び回る生活を続けている。
たまに帰る家には、優しくイケメンの夫と二人の娘が待っている。
一見幸せそうな家族だが、夫や娘たちは、レベッカがいつ命を落とすかということに常におびえており、精神的に疲れ果ててしまっている。
それを知ったレベッカは、もう紛争地帯には行かないで家族と暮らすことを決意するのだったが。
っていう話。
見ていればわかるけど、レベッカはかなりやばいやつだ。
自分は崇高な仕事をしているという自負に基づいて、理解しない家族に当り散らさないところが救われると思っていたけど、難民キャンプのシーンを見たらそんなのすっ飛ぶ。
娘の安全は守られていたのかもしれないが、母親として側にいないでどうすんだ。
がんがん踏み込んで写真をとりまくるレベッカも、たまたまどっかの軍が助けに来たからよかったものの、あのままだったら確実に殺されていたよね。
その後国連軍が介入してきたのは写真のおかげみたいな流れになっているけど、証拠として判別できる程度の遠くからの写真一枚で十分だし、写真なんか無くても報告だけでもいいよね。
人にカメラを向ける行為って昔からさんざん議論がなされていると思うけど、この映画を見ていると、人の悲しみとか苦しさに平和な国の人間が無遠慮に土足で踏み込んでいくような印象しか受けなかった。
撮られた写真が世界に公開されて自分たちの生活がいい方向に変わるかも、なんて撮られる側は一ミリも考えていないはず。
娘が発表会で、最初は躊躇したけどだんだん抵抗はなくなった。なぜなら彼らは撮られたがっていると感じたから。みたいなことを言っていた気がするけど、大きな勘違いだ。
彼らが怒らないのは生きるのが苦しくてそれどころじゃないから。紛争地帯で、世界に訴えたい、知ってほしい!と思ってカメラに納まる人がいったい何人いるんだろうか。
でも、まあなんだかんだいってもつまらなかったわけじゃなくて、なかなか面白かったんだけどね。
ジュリエット・ビノシュは家庭と仕事の狭間に立たされる葛藤やら狂ったような使命感とか自然に表現して見ごたえがある。
で、そのジュリエット・ビノシュより目立っているのが長女ステフ役のローリン・キャニー。
この子凄いわ。
ビーバーっぽい口元がキュートで、なにより目がきれい。
そのきれいな目が悲しみや不安やあきらめ等、さまざまな感情をまっすぐに訴えてくる。
これが映画デビューらしい。
2015年7月29日水曜日
映画『はじまりのうた』
2013年 監督:ジョン・カーニー
製作国:アメリカ
at ギンレイホール
音楽を扱った映画って基本的にうるさいから嫌いなんだけど、これはめちゃくちゃ面白かった。
とあるバーで女性がギターの弾き語りをしているシーンから始まる。
そしてそれに熱視線を送る浮浪者っぽい男!こわっ。
時はさかのぼってこの浮浪者っぽい男と女性シンガーがこのバーに来るまでの経緯が描かれる。しゃれおつな構成。
男はかつての名プロデューサーで、女はデビューになんの興味も無いシンガーソングライター。
男は女を説得してその気にさせ、デモテープどころかいきなりアルバムを作り始める。強引。
音楽って楽しいよね、という気分にさせてくれる映画。
恋愛とか家族とか夢とかちょっと変な方向に行きそうな思春期の娘とか、いろいろとじわじわくる要素も詰まっている。
そんで、仕事上のパートナーという位置づけの、親子ほど年の離れたグレタとダン、つまりキーラ・ナイトレイとマーク・ラファロの2ショットがどこ切り取っても絵になるんだな。
なんなんだろう、恋人設定のキーラ・ナイトレイとアダム・レヴィーンの2ショットはありきたりすぎていたって普通なのに、キーラ・ナイトレイとマーク・ラファロの2ショットは輝いている!、と思う。
恋人でもなんでもない仕事上のパートナーって役だけどね。
娘役のヘイリー・スタインフェルドは『トゥルー・グリット』のマティ・ロス役の子か。
大分成長したんだな。この子の独特な顔立ち好きだな。
妻役の人って髪で少し顔が隠れて見ている時はいまいちわからなかったけど、キャサリン・キーナーだった。
映画始まる前にドアの前で並んでいるときにこの映画の主題歌「Lost Stars」が漏れ聞こえてきて、文庫本読みながらなんか懐かしい曲が流れているなと思った。
デヴィッド・ボウイじゃないし、なんだっけなぁ、と少し考えてやめたんだけど、なんか普通にこの映画用に書き下ろされた曲だったっぽい。
前回ギンレイに来たときに館内で流れていたのかなぁ。
YouTubeにあった「Lost Stars」。
まずはキーラ・ナイトレイ版。
しっとり聴きいる歌のうまさで、声もいい。
アダム・レヴィーン版。
マルーン5って1曲も聞いたことないんだけど、アダム・レヴィーンって人めちゃくちゃ歌うまいね。
製作国:アメリカ
at ギンレイホール
音楽を扱った映画って基本的にうるさいから嫌いなんだけど、これはめちゃくちゃ面白かった。
とあるバーで女性がギターの弾き語りをしているシーンから始まる。
そしてそれに熱視線を送る浮浪者っぽい男!こわっ。
時はさかのぼってこの浮浪者っぽい男と女性シンガーがこのバーに来るまでの経緯が描かれる。しゃれおつな構成。
男はかつての名プロデューサーで、女はデビューになんの興味も無いシンガーソングライター。
男は女を説得してその気にさせ、デモテープどころかいきなりアルバムを作り始める。強引。
音楽って楽しいよね、という気分にさせてくれる映画。
恋愛とか家族とか夢とかちょっと変な方向に行きそうな思春期の娘とか、いろいろとじわじわくる要素も詰まっている。
そんで、仕事上のパートナーという位置づけの、親子ほど年の離れたグレタとダン、つまりキーラ・ナイトレイとマーク・ラファロの2ショットがどこ切り取っても絵になるんだな。
なんなんだろう、恋人設定のキーラ・ナイトレイとアダム・レヴィーンの2ショットはありきたりすぎていたって普通なのに、キーラ・ナイトレイとマーク・ラファロの2ショットは輝いている!、と思う。
恋人でもなんでもない仕事上のパートナーって役だけどね。
娘役のヘイリー・スタインフェルドは『トゥルー・グリット』のマティ・ロス役の子か。
大分成長したんだな。この子の独特な顔立ち好きだな。
妻役の人って髪で少し顔が隠れて見ている時はいまいちわからなかったけど、キャサリン・キーナーだった。
映画始まる前にドアの前で並んでいるときにこの映画の主題歌「Lost Stars」が漏れ聞こえてきて、文庫本読みながらなんか懐かしい曲が流れているなと思った。
デヴィッド・ボウイじゃないし、なんだっけなぁ、と少し考えてやめたんだけど、なんか普通にこの映画用に書き下ろされた曲だったっぽい。
前回ギンレイに来たときに館内で流れていたのかなぁ。
YouTubeにあった「Lost Stars」。
まずはキーラ・ナイトレイ版。
しっとり聴きいる歌のうまさで、声もいい。
アダム・レヴィーン版。
マルーン5って1曲も聞いたことないんだけど、アダム・レヴィーンって人めちゃくちゃ歌うまいね。
映画『ビッグ・アイズ』
2014年 監督:ティム・バートン
製作国:アメリカ
at ギンレイホール
実話が元らしい。
60年代にアメリカで大ブームになった、目の大きな女の子の絵。
それを描いたウォルター・キーンは一躍時の人となり、巨大な財を築くのだけど、実はその絵を描いているのは彼の妻のマーガレットだった、という話。
ストーリー的にはラストに来るであろう夫との対決以外に山場はないんじゃないかと思っていたけど、満遍なく面白かった。
新しい夫との素敵な(?)出会いに始まり、一緒に屋外でスケッチするシーンは後の展開へと繋がり、絵が売れ始めてからマーガレットがゴーストであることを黙認してしまうくだりとか、夫ウォルターのプロモーターとしての辣腕ぶりとか、マーガレットの憔悴具合とか、ラストにいくまでの過程が十分面白い。
笑いもふんだんだし。
ただ、過程が面白ければラストはどんだけすかっとするんだろうと思いきや、それほどではない。
ラスト近くのシャイニングばりの狂気を見せられても、丹念に描かれた過程シーンによりウォルターというキャラクターに少なからず親しみを持ってしまっているから。
嫌な奴ではある。人間のクズではある。でも面白いんだよウォルターは。
ラストの一人の立ち回りなんて悲しさとおかしさがまじってなんともいえない感情になる。
映画の一番最後に、本物のマーガレットと、マーガレットを演じたエイミー・アダムスの2ショット写真が映される。
これ見て涙出そうになった。
実話に基づくといわれてもどこか作り物という意識があるところに、本物が急にリンクされるとぐっとくる。
なんだっけ、『最強のふたり』も確か最後に本物の人たちの写真が映っていたけど、あの時はそんなに心動かされなかったな。
これはばあちゃんだからだろうか。
まだ存命だったんだ、というのと、びっくりするくらいのいい笑顔しているから。
主演はエイミー・アダムス。
夫のウォルター役にだいぶ年は離れているけどクリストフ・ヴァルツ。『おとなのけんか』とかジャンゴとか、比較的クールな役でしか見たこと無かったから新鮮。
脇役だと
記者役にダニー・ヒューストン。
なんか偉い批評家っぽい人役にテレンス・スタンプ。
向かいの画廊の主人にウェス・アンダーソン作品でおなじみのジェイソン・シュワルツマン。
あと、幼少期の娘役の子が、かわいいのかかわいくないのかよく分からない顔立ちでつまりかわいかった。デラニー・レイ。
少女期で役者が変わったら普通にかわいくなくなっちゃったけど。
製作国:アメリカ
at ギンレイホール
実話が元らしい。
60年代にアメリカで大ブームになった、目の大きな女の子の絵。
それを描いたウォルター・キーンは一躍時の人となり、巨大な財を築くのだけど、実はその絵を描いているのは彼の妻のマーガレットだった、という話。
ストーリー的にはラストに来るであろう夫との対決以外に山場はないんじゃないかと思っていたけど、満遍なく面白かった。
新しい夫との素敵な(?)出会いに始まり、一緒に屋外でスケッチするシーンは後の展開へと繋がり、絵が売れ始めてからマーガレットがゴーストであることを黙認してしまうくだりとか、夫ウォルターのプロモーターとしての辣腕ぶりとか、マーガレットの憔悴具合とか、ラストにいくまでの過程が十分面白い。
笑いもふんだんだし。
ただ、過程が面白ければラストはどんだけすかっとするんだろうと思いきや、それほどではない。
ラスト近くのシャイニングばりの狂気を見せられても、丹念に描かれた過程シーンによりウォルターというキャラクターに少なからず親しみを持ってしまっているから。
嫌な奴ではある。人間のクズではある。でも面白いんだよウォルターは。
ラストの一人の立ち回りなんて悲しさとおかしさがまじってなんともいえない感情になる。
映画の一番最後に、本物のマーガレットと、マーガレットを演じたエイミー・アダムスの2ショット写真が映される。
これ見て涙出そうになった。
実話に基づくといわれてもどこか作り物という意識があるところに、本物が急にリンクされるとぐっとくる。
なんだっけ、『最強のふたり』も確か最後に本物の人たちの写真が映っていたけど、あの時はそんなに心動かされなかったな。
これはばあちゃんだからだろうか。
まだ存命だったんだ、というのと、びっくりするくらいのいい笑顔しているから。
主演はエイミー・アダムス。
夫のウォルター役にだいぶ年は離れているけどクリストフ・ヴァルツ。『おとなのけんか』とかジャンゴとか、比較的クールな役でしか見たこと無かったから新鮮。
脇役だと
記者役にダニー・ヒューストン。
なんか偉い批評家っぽい人役にテレンス・スタンプ。
向かいの画廊の主人にウェス・アンダーソン作品でおなじみのジェイソン・シュワルツマン。
あと、幼少期の娘役の子が、かわいいのかかわいくないのかよく分からない顔立ちでつまりかわいかった。デラニー・レイ。
少女期で役者が変わったら普通にかわいくなくなっちゃったけど。
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