at ギンレイホール
『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』のウェス・アンダーソン作品。
船の断面セットを移動するシーンはよかったな。
一つの導入要素から始まり同時に展開する喜劇的視点と悲劇的視点のストーリー。
二人の劇作家がお互いのアイデアを取り入れながらストーリーを形作っていく。
(歯科医を紹介されたりピアニストの恋人を見つけたり飛び降り自殺しようとする女がいたり)
お互い、っていうか書き出してみると悲劇が先にありきでその後に喜劇が救うって構成だったか。
運命のいたずらや登場人物の楽観的悲観的な思考の違いから悲劇と喜劇に分かれるとかじゃなくて、もうシチュエーションから全く別のストーリーが展開する。
悲劇作家ならこう作る、喜劇作家ならこう作るっていうのを見せてくれるのは面白いんだけど同時進行する面白さがもっとあればよかったのに。
悲劇も喜劇も独立した話ってわけでもないし、密接に関係するってほど交錯しないし、ってことでどうも中途半端な印象になる。
ホームパーティにやってきた女性を演じるのはラダ・ミッチェル。喜劇版、悲劇版共にラダ・ミッチェル。
他は喜劇版と悲劇版で役者は全部違う模様。
喜劇版のウィルフェレルが面白い。
見たらそれなりに面白いかなと思って見てみたけど、あんまし面白くなかったので1.5倍早見再生で見る。
藤木悠が出ていたらしいけど、何役だったんだろう。町内会長かな。
今日下に下りて前輪をチェックするとまたぺちゃんこだ。
やっぱりパンクか。蒲田まで自転車を歩いて引っ張っていく。
パンクと一年くらい前から付かなかったライトの修理も依頼する。
一時間くらいかかるというのでドトールでアイスコーヒーを飲む。
プログラムの本を読む。
隣の隣の席に中学生か高校生くらいの今風女の子が二人座る。
「本当今日は最悪だよ」「あーむかつく」「これからユカんちに行くらしいよ。リエさん。」「どうする?」
なにやら誰かに電話をし出す女の子。
「あたしたちこれから行くから待ってて!ユカんちの下で!」
電話を切る女の子。
「あの子なんとも思ってないみたいだよ。あたしらがこんなにぶち切れてるっていうのにさ。」
「なんなの!」
「ねえ、早く行かなきゃ」
席に着いて三分くらいで速攻去って行った女の子。
話の内容はよく聞いてなかったからわかんないが、とにかく切れまくっていてやかましかった。
やっと静かに本が読める。
続いて一人若い男がやってくる。
席に座っていた男がやってきた男に声をかける。
「おー!!久しぶりぃ!」
間髪いれずガシャン、シャラシャラとでかい音がするのでなんだと思って顔を上げると、男がアイスコーヒーを倒してしまっている。
床にこぼれるコーヒーと細かい氷。
迎えた男は「いきなしそれかよ」とギャハギャハ笑う。
おしぼりで拭いていたと思ったら暫くして店員がモップ持ってやってくる。
少しして気付くと男二人は帰って店員が一生懸命一人で掃除していた。
暫くして大学生風の女の子が二人やってくる。
先ほど男がアイスコーヒーをこぼしていたテーブル席に座る。
1,2分後に再び顔を上げるといつのまにか女の子二人は最初に座ったテーブル席の隣のテーブル席に座っていた。
1時間くらい経ったので自転車屋に戻る。
代金支払ってこぎ出す。
前輪後輪空気はいっぱいに入れられてペダルがいつもより軽く感じられる上、ライトも付くし快適だ。
実家に帰る。
実家から自転車で30分の俺の家よりももっと実家に近いところに住んでいる姉がやってくる。
母親と軽く喧嘩して嵐のように去っていく。
母と夕飯を食う。
くつろいでから帰ろうとする。
家にかかっている東宝のカレンダーの8月が長澤まさみで、取っておいてくれるように先月の頭に実家に帰ったとき頼んでいたことをふと思い出す。
忘れずにとっておいてくれていたので持って帰る。
家に帰って、さあポスターをどこに貼ろうかと悩む。
横の壁の真ん中あたりに貼ってみる。
ヤニで黄色くなっている白壁にぽつんと張られた長澤まさみの水着写真。
殺風景な部屋がいっそうむなしい部屋になった気がする。
いっそのこといろいろポスターを仕入れてきてべたべた貼り付けてみようかな。
サスペンス、ラブロマンス、SF、コメディー、いろんな要素が詰まりに詰まった展開。
過去を書き換えるたびに10年近い人生の記憶が頭に入るんだろ?
上書きじゃなくて、追加だろ?
全てが全て入るわけじゃないみたいだけどさ、それでももうエヴァンの脳みそはパンク状態になってるんじゃないの?
それと過去の一つの事件を書き換えたらその後の事件も全く同じにはならないんじゃないの?
っていう細かいことはまあどうでもいいや。
人の家に忍び込んでいたずらしたり金持ちに文句たれたりする前に自分で必死こいて金儲けして儲けた分全額貧しい人に寄付すればいいのに。
きっと何年かかっても貧富の差はなくならないしおっさんが言うように世界の金融関係が崩れるんだろうけどさ。
「きっと君たちはいつまでも変わらない」っていう理想はそうあってほしいという理想で実際には年をとるごとにどんどん理想は破綻していく。
男二人と女一人の関係にしたって本当にそれでいいのか?
いつまでも仲良し関係は続かないだろう。
青春の一時期は情熱的で浅はかで、そしてわがままで。だからいつも危なっかしいんだけどなんでもありな感じで面白いよな。
その面白さに加えて「その先」を意識させる映画。本当に変わらずにいられるだろうか。
エデュケーターズの理想に対して意味づけを与える人物にハーデンベルクというおっさんがいる。
このおっさんは金持ちでかつ貧乏人ユールの人生を破綻させている。
つまり敵なんだけど、次第に打ち解けて一緒にポーカーしたりして、なんか暢気。
おっさんもなんだか若者にこびうってるみたいな気もしないでもない。
エデュケーターズの理想の成果はユールの借金を無くすことができたことと、仕事におわれて周りや過去が見えなくなっていたおっさんに一時立ち止まる時間を与えたことか。
偶然の産物なんだけど、とにもかくにも彼らの理想と行動が起した産物であることに間違いはない。
手持ちカメラの映像は結構面白い。
126分は少し長いかな。
今日会社に行こうと家を出る直前、TV番組表をチェックするのを忘れていたことに気付いてチェック。
すると、PRIDEの放送があるのに気付いて録画しようとする。
しかし毎週自動録画設定しているNHK歌謡コンサートと放送時間が重なっているじゃないか。
ということで古いHDDレコーダーを初期化してPRIDEを録画。録画予約正常完了。
急いで会社へ。
家に帰ると、PRIDEは録画できていたが、NHK歌謡コンサートは選挙特番で放送が無かった。
九州熊本、矢野一家の2代目緋牡丹のお竜(藤純子)はお君という16歳の少女を探していた。
流れ流れて東京浅草へ。
浅草の鉄砲久一家に草鞋を脱いだお竜。
親分の鉄砲久(アラカン)はそりゃあもう素敵な善玉親分で、対してこの鉄砲久一家の利権を虎視眈々と狙う悪玉に鮫洲政一家というのがいる。
この2家の争い+お君ちゃん+お君ちゃんの恋人銀次郎+流れ者渋メン渡世人青山常次郎(菅原文太)+浅草六区の公演+雪の今戸橋+凌雲閣+無敵のいい女お竜。
途中及び見終わってから感激の涙を拭うことになること請け合いの作品。
ストーリーの方は前作だかなんだかの続きみたいな感じらしい。まあ前の作品を見てるかどうかはあまり関係ないのだが。
見所は挙げたらきりがないくらいあって、とにかく人物対人物のやりとりにたゆたうなんともいえないやんわりとした緊張感が常にぞくぞくさせてくれる。
お君ちゃんを発見するシーンの固定長回しの秀逸さ(居合わせた人物達の動きや台詞展開の動的な緻密さ)。
雪の今戸橋での一人の男と一人の女。
・・・等々
手前と奥の縦の構図の使い方もどれも面白いし。(手前に奥にいつもいろんなもんが映りこんでるから空間に余裕が無い印象も受けなくはないのだが)
登場人物で惜しむらくはお君ちゃん(山岸映子)が少しも可愛くなかったことか。
いきなり若山富三郎が出てきたときはびびったがこの作品の中で最も痛快だったシーン。
藤純子はすっごいいい女。川崎弘子さんに匹敵するくらい。藤純子の娘は嫌い。